メディアグランプリ

我が家のカミナリ注意報


 

 

 

 

*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:秋田梨沙(26年9月ライティングゼミ withAI)

 

「いつまでベッドでゴロゴロしてるの!」

シルバーウィークのスタートは荒れ模様であった。長男の部屋に私の怒りのカミナリが落ちる。中学生は、あと1週間ちょっとで中間テストだというのに、朝から机に向かう気配を一向に見せず、そろそろ母の我慢も限界である。

「しかも、あなた、明日からバスケの合宿なんですよね?」

勉強にしろ、合宿の準備にしろ、あまりしつこく言うと険悪になるので、アドバイスを装いつつ伝えた小言は全く響いていなかったようだ。あれほど予定が詰まっているから、早めに準備をしておけと言ったのに、現時点で、どちらの準備もほぼゼロである。まるで既読スルー。

もう、本当に信じらんない!

怒りのパワーでガミガミと準備を手伝い、なんとか翌日の準備は間に合った。

 

迎えた合宿初日の朝。

「忘れ物ない?」

「うん」

という素っ気ない会話だけをして、彼は山奥のバスケ合宿へと旅立っていった。どの親御さんも「まぁ、家にいてもどうせ勉強しないからね。合宿行かせることにしたよ」

と、ため息混じりに話していた。思春期男子、面倒くさい。

 

しかし、さらに、ため息は続く。

出発早々、長男から「ギガなくなった!」とLINEが届いたのだ。スマホのデータ通信量を使い果たす、いわゆる「ギガ死」である。行きがけのバス移動で、何も考えずゲームや動画を見ていたのだろうから、せいぜい不便を味わうがよいとほくそ笑んでいたのだが、

「PayPayもつかえない」

と言うのである。あー、くそう、それは困る。現金も持たせたが、今のところ彼のことは全く信用ならない。結局、私はギガを追加する羽目になった。

 

そんなこともあり、2泊3日の合宿の間、長男からの連絡は一切来ることはなかった。周りのママから聞く話では、過酷な練習の合間に「もう疲れた」「帰りたい」と弱音LINEが続々届いていたらしい。うちの長男は大丈夫なのかしら? 彼からのLINEは一つも届いていない。ふと心配もよぎったけれど、チームのグループLINEに届く写真を見る限りは、楽しそうな顔に見えるので、たぶん、ギガを節約しているのだろう。

 

そして、迎えた合宿最終日の夕方。グループLINEに、コーチから連絡が入った。

 

「◯◯IC通過! 何も無ければ20:00着予定です」

 

時計を見ると、18時25分。

予定より少し遅れているなと、もう一回ソファに寝っ転がり直したその時、スマホが震えた。2日ぶりの、長男からのLINEである。

 

「もうそろそろ着くよー」

 

……は?

 

さっきコーチから連絡があったばかりなのだが……。コーチが時間間違えてる? 私の思っているICと違う?

ガバッと起き上がって、返信を打つ。

「さっきコーチから20時着予定って連絡あったばかりだよ。いまどこなの?」

そう聞き返すと、かなりの間を置いて、

「ミスった!」

と返ってきた。いやいや、何をどう間違えたんよ! 見知った地名でも見たのかと聞いてみたが、そういうわけでもないらしい。

「じゃあ、なんで着くと思ったの?」そう尋ねると、長男はこう言ったのだ。

 

「町が見えたから」

 

思わず吹き出してしまった。町が見えたって……なんて原始的で素朴。なんという可愛い返信なのか。そうね、そうね。君は今まで山にいたもんね。山道をずっと走ってきて、窓の外はずっと似たような景色だったはずだ。そんな暗闇を抜けて、パッと広がる町の灯りが目に飛び込んできたのだろう。疲れて頭もボーッとしていた彼にとって、その光は「町だ!」「帰ってきた!」という強烈な直感になったに違いない。ピカッと見えた光そのものが、「ゴール」であり「我が家」に見えてしまったのだろう。だからこそ、頭で考えるより先に、「もうすぐ着く」と送っていたのだろう。

 

その瞬間に母へ連絡しようと思ってくれたことは、3日間を一人で踏ん張ってきたことの何よりの証拠だと思った。「町が見えたから」の裏側に、中1男子の本音がぽろりとこぼれている気がした。それが、出発前に散々怒鳴り散らした、カミナリの待ち構える我が家だったとしても。

 

普段、家の中で毎日顔を突き合わせていれば、私の声はただの口うるさいカミナリになってしまう。近すぎると、親の言葉は大きくなりすぎて、お互いの本当の気持ちを掻き消してしまうのだ。思春期の男子とは、もしかしたら、声が届かないくらい離れていた方が、愛情がまっすぐ伝わるのかもしれない。遠くのカミナリが、音より先に光が届くように。

 

「気をつけて帰っておいでよー」

そう返信を打った後、ちょっと考えて、私はソファから立ち上がった。車のキーを手に取り、夜風の吹く解散場所へと向かった。

 

薄暗い車の中で、スマホを握りながら待っていると、車内が急に明るくなった。少しして、低く鈍いエンジン音が近づいてくる。ピカッと光ったあの町から、遅れること1時間30分。ようやく私の耳にも音が到着した。

 

バスの扉が開き、ステップから降りてくる疲労困憊の男子たちの中に、右肩を下げて荷物を抱える長男の姿が見えた。目が合うと、彼は気まずそうに、けれど少しだけホッとしたような、なんとも言えない顔で小さく手を挙げた。今日だけはカミナリもお預けにして、温かいご飯を腹いっぱい食べさせよう、そう決心して私も片手を挙げた。

 

――おかえり。

 

≪終わり≫

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