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焦っていても、バスは速くならない

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:梶花音(26年9月ライティングゼミwithAI)

 

 

まずい、間に合わないかもしれない。

 

 

何度もカレンダーを見返す。

内定式は10月1日13時から、都内にて開催。
一方で私は、9月30日まで京都旅行の予定だった。

帰りは夜行バス。
30日の夜に京都を出て、翌朝7時に新宿に着く。

そこから一度家に帰って、バチっとスーツに着替えて、会場へ向かう。

それだけで5時間はかかる。
少しでもバスが渋滞にはまったら、内定式には絶対に間に合わない。

旅行に行く前から、私はすでに焦っていた。

 

 

今回の京都旅行は、新しくできた友人に会いに行くためのものだった。

ひょんなことから意気投合して仲良くなった友人。

会うのは今回が3回目だ。

半年ぶりに話せる喜びと、少しの緊張で胸が高鳴っていた。

 

地下鉄の駅で待ち合わせると、友人の気さくさは相変わらずだった。

笑顔での挨拶にほっとしながら、目的地へ向かうバスに乗り込む。

 

行先は貴船神社。

水の神様を祀る神社として有名なだけあって、京都の中心部からは少し離れた山奥にある。

京都駅からは、電車とバスを乗り継いで約1時間ほど。

 

「大学もう始まりました?」

「最近は卒論に追われていて、見て見ぬふりをしたい……」

 

なんて近況報告をしていたら、あっという間に貴船口に到着した。

 

バスを降りると、目の前は山。

入り口に山道の案内図があった。

イラスト調で描かれたその看板がとても可愛くて、

「ちょっと写真撮ってもいいですか?」

と一声かけて、バッグに手を入れる。

 

あれ。

ない。

 

さっきまで持っていたはずのスマホが、見当たらない。

 

いったんベンチで荷物広げてみますか、と優しい友人のアドバイス。

そうですね、と落ち着いて返事をして、ベンチに移動。

 

バッグの中身を全部出す。

ポケットも探す。

もう一度、バッグの底を見る。

 

ない。

どうしよう。

 

こんな家から遠く離れた山奥で、スマホをなくしてしまうなんて。

バスはもう発車して、ずいぶん時間がたっている。

走って追いかけようにも、それはさすがに無謀だ。

頭の中は大パニック。

しかし、私の目の前には会うのが3度目の友人がいる。

かっこ悪いところは見せられない。

 

いや、スマホをなくした時点でかなりかっこ悪いと思うのだが、それでも私にもそれなりのプライドがあった。

これから楽しい時間を過ごすはずなのに、私が取り乱してこの旅行まで台無しにしてはいけない。

そう思った。

 

一度、深呼吸をする。

そして友人に謝罪し、バス会社への問い合わせをお願いした。

電話先が嵐山営業所だと聞いたときは気の遠くなる思いがしたけれど、20分後にこちらに到着するバスが届けてくれることとなった。

そして無事、スマホは私の手元に戻ってきた。

よかった。

本当によかった。

 

 

翌日、旅行最終日。

夕方に京都駅へ戻り、夜行バスを待っていた。

すると、今度は別の不安が襲ってくる。

バスが遅れて到着したらどうしよう。

お客さんがなかなか揃わなくて、発車が遅れたら?

道路が渋滞していたら?

頭の中で、内定式に間に合わないシミュレーションが次々と始まる。

 

まずい。

やっぱり間に合わないかも。

 

あ、でも。

ふと、昨日の出来事が思い浮かんだ。

焦っていても、スマホは戻ってこなかった。

友人に相談して、バス会社に連絡したから戻ってきたのだ。

だったら今も同じなのでは?

焦っていても、バスは速くならない。

今内定式のためにできることはなんだろうか。

 

そう考えて、さっそくコンビニへ向かった。

まず、ふくらはぎ用のケアシートを買った。

行きのバスではふくらはぎがパンパンになってしまった。

内定式ではパンプスで堂々と歩きたい。帰ってからは、念入りにマッサージする時間はないだろうから。

ついでに目に入ったヤクルト1000も購入した。これで安眠対策も、体調管理もばっちりだ。

バスが何時に着くかは、私には決められない。

でも、少しでも体調を整えておくことならできる。

 

 

翌朝。

バスは予定よりも20分ほど早く新宿駅に到着した。

私は無事に家へ帰り、スーツに着替え、内定式に向かった。

足も頭も、思ったよりずっとすっきりしている。

 

焦っていた時間のほうが、実際に困っていた時間よりずっと長かった。

焦ることは、悪いことではないと思う。

それだけ、自分にとって大切なことだということだから。

 

間に合いたい。
失敗したくない。
ちゃんとしたい。

 

大切に思うほど、心は先回りして、まだ起きていないことまで心配してしまう。

でも、焦ったままでいても、状況は変わらないのだ。

バスは速くならないし、なくしたスマホも戻ってこない。

だから、焦ったら、一度だけ立ち止まって、

「今の私にできることは何だろう」

と考えてみる。

焦りをなくすことはできなくても、焦りに支配されないことはできる。

 

 

あの日の京都で、私はスマホをなくして、内定式にも間に合わないかもしれなくなって、ずいぶん焦った。

でも、そのおかげでひとつ覚えた。

焦ることは、悪くない。
ただ、焦ったまま走り出さないほうがいい。

 

 ≪終わり≫

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