推し活のすすめ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
記事:刀塚由紀(26年9月 ライティング・ゼミwith AI)
その時は、突然、訪れた!
「もしもし……あ、ミホ! ねえ、俳優のYさん、知ってる?」
電話の向こうにいたのは、娘のミホ。
「うん、知ってるよ! それがどうしたの? てか、私、その人のファンだし、ファンクラブに入ってるし……」
「え~~~、ほんとに!」
「だから、それがどうしたの?」
「いやさ、仕事が休みで、外出自粛だし、何もすることなくて、テレビをつけたのよ。NHK。そしたらドラマがやっていてさ、面白かったんよ。そのドラマの主演がYさんでさ。素敵だったの!」
「……」
「……」
「ギャハハハーーーー(フーッ)。好み一緒じゃん! さすが母娘(おやこ)だよね~~~、あ~はははは~~~」
娘の笑い声が、いつまでも続いた。
すでに娘は、ファンクラブまで入っている“先輩ファン”。興奮のまま電話をかけたのは、私のほうだった。
時間を、少しだけ巻き戻す。
私は、60年以上生きてきて、歌手や俳優のファンになることはなかった。
私の青春時代は、新御三家(野口五郎、西城秀樹、郷ひろみ)の全盛期。隣のお姉さんの部屋は野口五郎のポスターで埋まり、部活の友人は、日曜のテニスコートで郷ひろみをカセットレコーダーにガンガン流していた。
私はというと、歌は嫌いじゃない。けれど、それ以上の感情はわかなかった。その後もSMAPや嵐も歌は好きだったが、ファンクラブ入会もせず、コンサートに行くこともなかった。テレビの向こう側の世界をただ観ていただけ。それが、私の60年だった。
それが変わったのは、コロナ禍の5月。何もすることがなくてつけたテレビのNHKで、ほんわかラブコメディがやっていた。滅入っていたせいかもしれない。ドラマの魔法にかかったのかもしれない。
ドラマを通して、Yさんに突然、興味がわいた。ちょっと「好き」とは違う。「素敵!」の気持ちかも……。この人、いったいどんな人?
母娘の推し活が始まった!
娘とは、よく電話をしていた。話はいつも、娘の子育ての悩み。それが、一変した。Yさんの話に盛り上がり、子育て以外の話をたくさんするようになった。
映画鑑賞は苦手だったが、Yさんの出演と知れば、娘と一緒に観に行った。舞台も年1回は出演されていたので、愛知、京都、東京に観に行った。この歳まで演劇もミュージカルも観たことがなかったのに、生の舞台は圧巻で、今まで味わったことのない感動をもらった。
ファンクラブ内のラジオを聞き、雑誌などのコメントを読むほど、テレビで観るYさんとのGAPに驚かされ、ますます興味を持つようになった。
俳優さんって、すごい! 役を通していろいろな人の人生を生きる。楽器の演奏、手話、医療用語、手術の技術——役になりきるための陰の努力がすごい! Yさんを通して、他の俳優さんへのリスペクトも高まった。
定年退職を迎える前年のクリスマス。LIVE配信ラジオがあった。娘が私に内緒で投稿したものが、まさかの採用。ラジオから、Yさんが投稿を読む声が聞こえてきた。
「A県のミホさんから、来年3月で退職する看護師の母にプレゼントしたいのですが、Yさんおすすめのプレゼントをお聞きしたいです。母もYさんのファンクラブに入っており、お疲れ様と言ってほしいです」
<え~~、ウワ~~~!! ミホ? 私に? もう~、嬉しい!>
Yさんからは、PCの画面を通して「〇〇さ~ん、お疲れ様で~す。素敵な娘さんですね」と言って手を振ってくれた。私はPCに向かって全力でブンブンと手を振り返した。嬉しくて涙まで出てしまった。
いよいよ、直接会える日が来た!
カレンダーのサイン会だ。母娘でおしゃれをして出かけた。会える時間は、約1分。会うまでに長い列。ドキドキしながら頭の中で話したいことを繰り返していたけど、ちっともまとまらない。
ついに順番が来た。「一人ずつですよ」と案内の人に言われたけど、「12月のラジオのお礼を言いたいので二人でお願いします」と、母娘二人で会った。
さて、その約1分! 何を話せたでしょうか?
全く、話ができませんでした。 まぶしくて、顔をまともに見られなかった。
1分が終わった後で交わした母娘の会話。
「どんな服着てた? 何話した?」
「え! 覚えていない」
見事に、母娘パニック状態だった。
直接会ってみて確信したことがある。私は、直接会わずに、遠くから見ているほうが性に合っている。Yさんは、少し遠いところにいて、活躍を見守っていたい。一緒に歳を重ね、変化を楽しみにしたい。それが、私の推し方なのだ。
推し活を通して思うこと。
これまでの私は、推し活を少しバカにしていた。でも今は、時間もお金も家族優先だった人生に、私のしたいことを優先できる時間が生まれた。舞台や音楽、読んだことのなかった小説……Yさんをとおして世界はどんどん広がり、私の人生を豊かにしてくれた。60年、家庭と仕事という小さな箱に住み、さらにコロナで二重に閉ざされたはずの窓が、今は、大きく開いている。
ありがとう! 「推し活! バンザイ!」
《終わり》
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