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年度末の”健康診断”

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

記事:天野将明(26 年 9 月ライティングゼミ withAI)

 

「生きていれば……」

震えるマイクを片手に言葉を紡いだ。少しでも気が緩めば嗚咽が止まらなくなりそうだった。

 

中高一貫の男子校に通っていた私は、中学3年生から合唱部に所属していた。いわゆるグリークラブだ。

年間4回ほど外部の演奏会に出演し、毎年3月に近隣のホールを借りて定期演奏会を開催するというのが毎年のスケジュールだった。私たちは定期演奏会に向けて曲を選び、練習し、本番が終われば世代交代をする。それがお決まりの流れとなっていた。

 

高校2年生まで所属し様々な舞台に立ったが、やはり定期演奏会のステージから見える景色は特別だった。

白を基調とした衣装に袖を通す。

開演時刻とともに、静かに壇上へ足を踏み入れる。

たくさんの観客の方々が、固唾を呑んで見守る。

静寂に包まれた中、眩しいスポットライトが当たる。

練習でこだわった表現を意識しながら、皆で歌声を重ねる。

よくアーティストが「ゾーンに入る」と言うが、それに近い感覚だった。

 

私が引退する年の定期演奏会から、OBと現役生が合同で歌うステージが始まった。年齢が近い先輩から、還暦以上の方々まで多くのOBが集まり、歴史の一員になったのだと実感した。

翌年からはOBの一員として毎年出演し続けた。年度末恒例のルーティーンとして自分の中に刻まれ、懐かしの面々と顔を合わせ一緒にステージに立つのが楽しみだった。

定期演奏会は、私にとって健康診断のようなものだった。

 

「今年度の定期演奏会は中止になりました」

一報が届いたのは、2020年2月26日のことだった。

ショックだったとはいえ、仕方ないと諦めはついた。

来年には落ち着いているだろう。当時はその程度にしか考えていなかった。

しかし、本当の受難の日々はここから何年も続くとは、誰しも予想しなかっただろう。

 

狭い音楽室で密になって歌う――他の部活動が再開する中で最後まで許可が降りなかった。音楽の授業も同様で、合唱に触れる機会が消えてしまった。

活動再開後も、教室の窓を開けて全員がフェイスシールドを着用し距離を取って歌わなければならなかった。以前と全く違う環境の中で練習を強いられ、当時の部員も顧問の先生も大変困惑していただろう。

 

2021年も定期演奏会は開催できなかった。

最後の舞台を踏めずに、最高学年が引退していく。新しい部員が入ってくることもない。

 

これ以上活動を続けることは難しいとなり、無期限休部となった。

 

毎年のように訪れ、歌声を通して自分の成長や変化に気付き、明日からの活力を得る。

いつしか私にとってグリークラブは、定期演奏会は、そんな存在になっていた。

自分にとっての帰る場所が無くなって、初めて気付かされた。

もうこのまま解散するかも知れない。卒業した身とはいえ何もできないことへのやり切れなさ。絶望の渦にただ飲まれるしかできなかった。

 

「現役・OB合同の演奏会を企画する運びとなりました」

その連絡が回ってきたのは、2023年が始まって1週間ほど経ったある日のことだった。

2022年頃から少しずつ合唱の授業が復活し、もっと歌いたいという声が数人から上がったのだそうだ。5、6人とおよそ合唱と名乗るには程遠い人数ではあるが、部活動が再開された。そして、OBを交えて演奏会をやってみようとなり、春に開催することとなった。

 

大切な場所が帰ってきた――これほど心が躍ったのはいつ以来だろう。

音楽室で当時の顧問の先生の指導を受けながら、何度も歌い上げた楽曲たちと再び向き合う。あの時当たり前だった日常が、もう二度と手放したくない宝物となっていた。

 

本番当日。

現役の中高生から80代のOBまで、幅広い年代の出演者が揃った。

披露する曲は少なく観に来てくださった方々もそう多くはなかったが、当時のように眩しいスポットライトの下で歌声を重ね合わせられる、それだけで込み上げてくるものがあった。

 

そんな中、急遽お願いされて演奏前の司会を務めることになった。

5分ほど繋いでほしいと頼まれ、何を話そうか迷ったままマイクを握った。

 

ともに歌って来た先輩、同期、後輩達。コロナ禍で思うような活動ができなかった世代。陰で支える学校関係者やステージのスタッフの方々。

この場にいる全員のおかげで、今日を迎えられた。

 

そう語りながら、感謝の矢印を目の前に向けた。

「今日ご来場いただいた皆様、私たちの新しい歴史の1ページの見届け人になってくださりありがとうございました」

そしてこう続けた。

「この数年間、きっとここにいる全員が色々な思いを抱えて過ごしていたと思います。辛く苦しい日々もあったと思います。でも、生きていれば……必ず会えると信じています」

思わず声を詰まらせそうになった。前の方に座っていた数人の観客が、目に浮かべた涙をハンカチで拭っているのが見えた。静寂の中から、鼻をすする音が聞こえた。

 

顧問の先生が舞台に入り指揮台に立った。

客席に聞こえないくらいの声で私たちに語りかけた。

「まったく、泣かせにきやがって……」

不覚にも笑みを浮かべてしまった。

 

その後は安定した活動ができるようになり、現在は30名を超える大所帯で活動しているそうだ。

あと5年ほどすれば、当時の閉塞感を知らない世代も入部することになるだろう。

でも音楽室やステージで歌うことができるのは当たり前じゃないんだよ、そう伝えるとともに、彼らの青春が失われないことを願うばかりだ。

 

次の健康診断が来る頃には、またひとつ大人になれているだろうか。

 

≪終わり≫

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