隣に住むおばあちゃんを乙女にした話
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:笹原智也 (ライティング・ゼミ日曜コース)
「バレンタインなんて滅べばいいのに」
僕の隣でO君が呪いのことばを吐くようにつぶやいた。
時は十数年さかのぼり、中学時代のバレンタイン。
O君と僕は、今年も収穫ゼロで家路をポクポク歩いていた。
心も寒けりゃ風も冷たい。僕等は身をこわばらせながら話した。
「A君は『チョコください』って叫びながら走り回ってチョコを手に入れたらしいよ」
「すごいなあ」
「バレンタインなんて別に気にしてないけどね」な顔をして過ごしていた我々とは違う。その素直さがうらやましい。
「じゃあここで」
「うん。また明日」
こうして僕等は別れ、一人ポクポクと歩いて家に帰った。
家に着き、毎日パソコンのメールでやり取りもしていたO君からのメールを確認する。やはり来ていた。
しかし、モテないことを嘆くメールなんてしても面白くともなんともない。僕等はいつもどおり、だらだらと無駄話を送りあった。
と、母親が僕を呼んだ。
「何?」
「隣のマツウラさんが呼んどるよ」
マツウラさんとは、小さなころから兄と僕との兄弟をかわいがってくれているおばあちゃんだ。
最初はおばちゃんだったのだけれど、この時はもうおばあちゃんと呼んだほうがしっくりくる容姿と年齢になっていた。
「え? なんで? めずらしい」
僕が立ち上がり、家を出ると、母親も飼っている犬を抱っこしながら着いてきた。
マツウラさんの家の前まで行ってチャイムを押すと、いつもどおりにこにこしながら出てきた。
「どうかされました?」僕が聞くと、マツウラさんは靴箱の上にあった、かわいらしくラッピングされた小さな箱を手に取った。
「それは?」
僕の質問に、マツウラさんはにっこり笑って答えた。
「今日、バレンタインデーやろ? あげる」
なんと!
しかしながら胸中は複雑なのであった。
恥ずかしながらこの時まだ、異性にバレンタインのチョコレートなどもらったことがなかった。
つまり、身内以外からの人生初のチョコレートなのであった。
それが、好きな子でも、気になっている子でも、友達の子でもなく、というより女の子ではなく、隣の昔からかわいがってもらっていたおばあちゃんだなんて!
「これは……一つとしてカウントすべきか? O君に言ったら笑われそうな気もするな……」
そんなことを考えながらお礼を言った。
しかし、内心はそれなりにハピネスであった。なんやかんやでチョコだ。これはチョコだ。チョコ以外の何物でもない。テツガクテキな思考のような書き方だが、とにもかくにも、チョコゲット。
心のどこかがむなしいけれど、これはチョコなのだ。いえーい。
「あれ? そういえば、兄ちゃんのはないんですか? もうあげました?」
僕はなんとなく聞いた。
二人をいつもかわいがってくれていたから、当然兄のもあるだろう。まだ渡されてないなら、手間だから僕から渡しても良い。そんなことを思ってのことだ。
すると、マツウラさんの返事は、思っていたのと全く違った。
マツウラさんは、にっこり笑ってこう言った。
「私も女やけんねえ」
ありゃまあ!
つまりはこれは、僕だけに買ってきてくれたということか。
すると、母が隣で声を立てて笑って言った。
「兄ちゃんには内緒でたべりいよ」
「ええ……」
照れと苦笑いが混じった笑顔を浮かべて、僕は頭を下げて暇を告げた。
家に帰って包みをほどき、自分では絶対買わない、ちょっとおしゃれなチョコを口に放り込みながら考えた。
「うーむ。いつの間にそんなに思われていたのか。しかし、あと五十年くらい早ければ……」
なんて適当にして失礼なことも考えたのだが、実際問題心あたりがない。
特にマツウラさんが助かるようなこともしていないし、これといって特別なことはどう考えてもない。
頭にクエスチョンマークを浮かべていると、母がやってきて後ろから僕の頭を軽く指で押した。
「なんじゃい」
見ると、母はどこかうれしそうに笑っている。
「マツウラさん、いつもお話してくれるけんそのお礼やって。兄ちゃんは挨拶くらいしかせんってよ。本当にあいつはっ」
「ああ、そういうこと……」
やっぱり、特別なことをしていたわけではなかったようだ。
僕としては、小さいころからずっと続いていたつながりのままに挨拶して、ちょこっとお話して、というだけの話であったのだが、でも、マツウラさんからしたらそうではなかったのか。
マツウラさんがおばちゃんからおばあちゃんに一目でわかるくらい変わっていったのは、たぶん旦那さんが亡くなられてからだった。
僕にはわからなかったけど、きっと寂しかったのだろう。
孫のような年の僕が、いつまでも変わらずに話しかけてきてくれるのがうれしかったのだ。
すっと腑に落ちた。
だからマツウラさんは乙女となったのか。
自分がどんな風に、他人に影響を与えているかなんてわからないものだなあ。
でも、そんな風に思ってくれるのは、すごくうれしいことだな。うん。
僕はそんなことを思いながら、ちょっとだけ甘すぎるチョコをほおばった。
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