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電車の中で私を助けてくれたヒーロー


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記事:鈴木よしえ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「おいおい、ねえちゃん! 大丈夫か?」
電車の中でうずくまっていた私の背中の上から、男性の声がした。
 
あれは私が高校2年生で、まだ梅雨入りする前だった。その日は朝からかなり強い雨が降っていた。制服のスカートもジャケットの袖もびしょ濡れになり、靴の中も濡れているのがわかるほどだった。
 
私が利用していた路線には、学校が特に多い区間があった。通学時間帯になると、たくさんの学生であふれていた。
この日も例外ではなかった。
湿気とあまりの混雑に電車の窓ガラスはくもっていて、車内はもわっとした空気がこもっていた。出かける前に整えたはずのクセのある髪の毛はペタンとつぶれ、誰かの濡れた傘が私の足に何度もあたった。とにかく不愉快極まりなかった。
 
電車に乗ってからどのくらい経っただろうか。私は目の前がぼやけるような、目は覚めているのに夢の中にいるような、ふわふわとした不思議な感覚になっていた。
 
「あれ? なんか変だな」
だんだんと目の前の景色が歪んで見えるようになり、目を開けていられなくなってきた。
 
その不思議な感覚は、不快感へと変わっていった。
 
周りは前の日のテレビドラマの話や、気になる異性の話で盛り上がってかなり騒々しいはずなのに、だんだんその声は遠くなっていった。私だけ全く別の次元にいるような感覚だった。
 
やがて声は聞こえなくなった。誰かに思い切り両耳を押さえつけられているようだった。そのうち、キーンと耳鳴りがしてきた。さらには、呼吸をすることさえも苦しくなってきた。ずっと目を閉じたまま、できるだけ深い呼吸を繰り返した。気がつけばドアのそばにある手すりを強く握りしめていた。こんなこと、生まれて初めてだった。
 
「あれ? 大丈夫?」
一緒にいた友人の一人が、私の様子がおかしいことに気づいたのか、声をかけてくれた。それに対して、私はどうしたのか全く覚えていない。
 
もう限界だった。じっとしていても辛くなる一方だった。どうしていいかわからなかった。両足に力が入らなくなり、私はついにその場に崩れるようにしゃがみこんでしまった。
 
「え!? よしえちゃん、大丈夫?」
 
私はこれまで朝礼で倒れるようなことはなかったし、持病もない。当時はバレーボール部に所属していて、テスト期間以外はほぼ毎日練習に参加するほど活発だった。むしろ、体調が悪くて朝礼で倒れることに、女の子らしさというか、どこか儚い感じがしてなぜか少し憧れていたほどだった。
 
しゃがみこんだところは、空気が少しひんやりとしていた。その冷たい空気をありがたく感じながら、私は深呼吸を繰り返していた。
その時に、私は男性の声が聞こえてきたのだった。
 
「だ、大丈夫です……」
そう答えるが大丈夫なわけがない。立ち上がれなくて、手すりを握りしめたままうずくまっているのだ。
 
「俺が座ってたところ、座んな」
何度も声をかけてくれるその男性に対して、申し訳ないと思いながら顔をあげた。
声の主はいわゆるヤンキーのお兄さんだった。
 
「まわりに変な野郎がいるから嫌かもしれないけどさ、いいから座りな」
お兄さんは斜め後ろを、車両の連結部分のそばにある3人くらいが座れるシートを指した。そこには確かに、ちょっと怖そうなお兄さんが2人座っていた。
 
「んだよ! 変な野郎ってふざけんなよ!」
そう言って大きな声で笑った。普段なら怖すぎて、絶対にお話なんてできないような人たちだった。でも、断るのも怖い。いや、怖いなんて言っていられないほど、辛くて立っていられなかった。私はお兄さんに言われるがまま、いちばん端にありがたく座らせてもらった。
 
私は自分が降りる駅に着くまで、おとなしく座っていた。ギュッと目を閉じて、呼吸を整えながら、できるだけ小さくなっていた。時間にすると、10分、長くても15分くらいだっただろうか。徐々に呼吸は苦しくなくなり、目を開けても景色が歪まなくなっていた。
 
そして、私が降りる駅にもうじき着くというアナウンスが聞こえてきた。
「本当にどうもありがとうございました。もう大丈夫です」
私はお兄さんにようやくお礼が言えた。
「いいよいいよ! 今度さ、俺が困ってたら助けてねー」
お兄さんはそう言って笑った。私はもう一度頭を下げて、電車を降りた。
 
でも、高校を卒業するまで、助けてくれたお兄さんを見かけることは二度となかった。
 
この時の症状が貧血ということは、後になって分かった。そして未だに、年に1、2回この苦しみを味わっている。だから、電車内や駅のホームで具合の悪そうな人を見かけると、「大丈夫かな?」とそわそわしてしまう。
 
でも、私はなかなか声をかけられない。「何かしなきゃ」と思いつつ、何もできずに立ち尽くしてしまう。そうしているうちに、他の人が「大丈夫ですか?」と駆け寄って声を掛ける。それをきっかけに、一人また一人と手を差し伸べる人が増えていく。その光景を見るとホッとするが、私の気持ちは何だかすっきりしない。
 
そんな時、あのお兄さんが声をかけてくれたことを思い出す。
あのお兄さんは、当時「荒れた学校」で有名な高校の制服を着ていた。その制服を着ている人たちが電車に乗ってくると、一瞬で車内の空気が変わるほどだった。
 
でも、あの時声をかけてくれたお兄さんは、私にとって間違いなくヒーローだった。今でもこうして思い出せるくらいありがたい出来事だったし、とても感謝している。
 
あれからずいぶんと長い時間が経ってしまった。次は私があの時のお兄さんみたいに、誰か困っている人に声をかける番だ。何だか恥ずかしいとか、完璧にやらなきゃとか、自分のことばかり考えるのはやめよう。

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2018-06-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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