人生の分かれ道。親の想いと子の心
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記事:布村さわ子(ライティング・ゼミ日曜コース)
思わず、目を伏せる。見たくない。去年の今頃を思い出すから。いくつもの後悔が押し寄せる。あの時、違う言い方をしていれば……。もっと、強く別の道を勧めていれば……。しっかり、話を聞いておけば……。これは、私の後悔。当の本人は、こんな事、みじんも思ってないのかもしれない。
去年のゴールデンウイーク。娘から届いたメッセージ。「今、病院。付き添いが必要。来てもらえますか?」電車にゆられ、研修先に行く途中だった私は、大急ぎで病院に駆け付けた。就活中だった娘は、その日、ある企業の最終面接の予定だった。
実は就活には苦い思い出がある。2年前、大学を卒業した息子は、就活でことごとく失敗。最初の年は就職を断念し、休学をした。次の年、中小やベンチャー企業などに再チャレンジ。いくつしたか分からない位のエントリー数。説明会への参加。結果、同じだけの「お祈りメール」。企業からの不採用通知だ。
休学も役に立たず、いよいよ後2か月で卒業という時に、プログラミングの講座を受けたいと言われ、お金を出す。経済学部で行けそうな企業に見切りをつけた息子は、3月下旬、派遣でプログラマーとしての職を得た。
まるで綱渡りのような就活。親子共々、ずっと落ち着かない就活期間だった。
息子と同じ大学で経営学部に通っていた娘は、息子とは何もかも反対だった。体育系の部活に励み、バイトもし、3回生からのゼミは、学部でも一番大変で厳しい事で有名な所に所属。企業への商品の企画提案などのプレゼン等もこなしていた。きっと、娘の就職は大丈夫。志望する企業に入れるはず。楽勝だと思い込んでいた。
4回生になる春休み、就活スタート。一向に動きのない娘。最上回生となり、部活で重要な役職につき、毎日、大変で就活どころではないという。ハラハラする私をしり目にマイペースを貫き通す。同級生達からは、かなり遅れをとったスタート。エントリーシートを出し、面接を受け、ようやく順調に動き出した矢先の出来事だった。
病院は娘の下宿から電車で2駅。駅に着き、病院までの道を走る。年のせいで足がもつれるのがもどかしい。休日で正面玄関は閉鎖。救急の窓口が見つからず、ようやく処置室に着いた時には、連絡を受け取ってから、かなりの時間が経っていた。
血のついた白いシャツ。頭に巻かれた包帯。ベッドに横たわる娘の顔を見た時、涙が出そうになった。生きてる……。その時は、それだけで良かった。下宿を出て、最終面接に向かう途中、バイクと接触し、はねとばされ、頭をぶつけたらしい。通りがかりの人が、救急車の手配や警察への通報もしてくれたそうだ。
応急処置は終わっていたが、検査に時間がかかる。顔にけがはなかったが、後ろ頭をかなり強く打っている。何か異常があったら、どうしよう……。祈るような気持ちで結果を待つ。結局、脳波に異常はなく、その日は下宿に戻り、様子を見る事になった。
頭を打った衝撃で頭蓋骨の中で脳が大きく揺さぶられ、何が起こるか分からないらしい。娘と一緒に寝る久しぶりの夜。寝息に安どしながら、寝返りの音が気になり、ほとんど眠れなかった事を覚えている。包帯が取れたのは数日後。長いトンネルを抜けた気分だった。
事故の日に行く予定だった最終面接は、違う日に変更になり、内定は取れた。しかし、娘は辞退。意識が遠のき、死の恐怖を感じた事故を契機に、娘の人生観は大きく変わったようだった。それでも、最後は違う会社への就職を決め、おそらく、東京でOL生活を送るはずだった娘……。
その娘の運命が変わったのは3月。介護などの家庭の事情や母である私の体調などの事情が複雑に絡み合い、内定を辞退した娘。すでに勤務地も決まっていたのに……。
会社に迷惑をかけ、娘の人生を大きく変えてしまった事に、私は、罪悪感を持ち続けていた。
今年の就活が始まり、リクルートスーツの女子学生を見ると心が痛む。どんな事情があったとしても、会社員としての人生を後押しするべきではなかったのかと……。結局、関西に残り、小さな店の雇われ店長になった娘。
彼女は本当に幸せなのだろうか?
人生の選択には、後悔がつきもの。ひょっとしたら、当事者よりも、その選択の後押しをする事になった周りの人間の方の後悔の方が大きいのかもしれない。まるで、台風の目のように……。本人は、からっとして、その人生を楽しんでいるけれど、その周囲の人たちの心模様は複雑なのかもしれない。
その選択が正しかったどうか、違う道を選んでいたらどうなっていたかなんて、誰にも分からない。健康で、自分を活かせる場所がある。それだけで、十分なのかもしれない。
人生の大きな分かれ道に差し掛かった人、特に子供から相談を受けたら、自分の事以上に慎重になり、悩むものなのかもしれない。その中で出来る事はただ一つ、相手を信頼する事。きっと、何があっても大丈夫と見守る事。そう思えた時、台風一過のような晴れやかな気持ちで娘の人生を受け入れる事が出来た自分に気づいた。
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