祖母と『まごころ』
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記事:ユリ(ライティング・ゼミ平日コース)
母方の祖母が亡くなってから、早いもので16年が経つ。そんな祖母の晩年には、祖父以外の一人の男性の存在があった。
大正7年、東北地方のとある町の末っ子として、私の祖母は産声を上げた。実家は農家。その時代の田舎町では珍しく、祖母の祖父は敬虔なクリスチャンで、祖母も一緒に足繁く教会へ通っていたという。
お見合いで結婚をし、戦後の時代を懸命に生き、野菜や米を育てながら三人の子供を立派に育て上げ、たくさんの孫にも恵まれた。夫を先に亡くしてからは長男夫婦と暮らし、畑仕事をしながらも、穏やかな毎日を過ごしていた。
そんなある日、祖母は一人の男性と偶然再会し、晩年を共に過ごすことになる。祖母の幼馴染であり、幼少期祖母に憧れを抱いていた「その人」の存在だ。
二人はその再会をきっかけに、「昔からの友だち」として頻繁に会うことになる。今まで本を読んでいる祖母を一度も見たことがなかったが、その人の趣味が読書だったこともあり、祖母にとっての日課はその人から借りた本を読むことになった。
「今何の本を読んでいるの?」あるとき祖母に聞いたところ、「夏目漱石の『まごころ』だよ」と返ってきた。
「『まごころ』じゃなくて『こころ』だよ」
心の中ではそう思ったが、嬉しそうに答える祖母にとっさに言葉が出なかった。ただ単純にタイトルを言い間違えただけだったかもしれない。けれど祖母は、本を読むこと自体にそこまで重きを置いているわけではなく、その人と同じことをする時間を大切にしているのではないか。祖母の様子からそんな風に感じ取れた。
しかしそんな二人に対して周囲からの風当たりは強かった。閉鎖的な田舎町。恥だ、非常識だ、何を考えていると。その人には初期の認知症で入院する奥さんの存在もあったからこそ尚更だった。しかしその人は、奥さんを毎日しっかり見舞い看病しながらも、祖母との時間を過ごしていた。その時間は、祖母が癌に侵され他界するまで続いた。
祖母の入院先には一度も見舞いに来なかった。祖母の葬儀にも参列しなかった。その代わりに、祖母とその人の関係を見守っていた私の母に、一つの願いを最後に託した。自分の写真と祖母のために作った和歌を、祖母の棺の中に入れてくれというものだった。棺に入れたその人の写真と祖母への和歌は、祖母と一緒に灰となった。
祖母他界後も、私の母と私を実の娘、実の孫のようにかわいがってくれた。その人とは決まっていつも、思い出話に花が咲く。祖母が幼少期から皆のとりまとめ的存在だったこと、祖母の結婚話を戦争から帰ってきてから知り大ショックを受けたこと。戦争で失くした左腕の古傷が冬場は特に冷えるのを知った祖母が、手作りの肩当てをプレゼントしたこと。そしてそれが、ものすごく嬉しかったということ。その人が話す祖母の話はどれも温かく、祖母への思いが容易に感じ取れた。早いものでその人が亡くなってからも、13年の時が経つ。
世間では、男女間のいざこざ話が後を絶たない。職を辞したり謹慎したり、芸能人や政治家の多くが、それらに関連したトラブルにより、表舞台から去っている。捉え方によっては祖母とその人の関係はそれらと同じような、いわば「よろしくない関係」だったのかもしれない。けれど私は、二人はただ単純に「一緒の時間を大切に過ごしていただけ」だと思っている。その人が祖母に対して過去に憧れの気持ちがあったのは確かなことであるし、再会後にその気持ちがどう変化したかは今や確かめる術もないけれど、恋愛とは違った気持ち……性別を超え、時を超えた関係……親子や兄弟、夫婦とは違った感情や愛情が芽生えていたのではないか。そしてそれが、棺に込めた自分の写真と和歌であり、祖母にとっては『こころ』ではなくやはり『まごころ』だったのではないかと、私は思う。
血が繋がっていたとしても自分以外の人はみんな他人で、根本的に人は分かり合えないと、ある人が言っていた。けれど、少しでも心通じ合える人、周囲の反対を押し切ってまで一緒にいたいと思える人、自分が亡くなったときに自分の写真を棺に入れてもいいと思える人。家族以外の人で、私にはそんな人がいるのだろうか。それとも、そんな人に巡り会う必要があるのだろうか。しかしながらそんな人に巡り会い、時代を逞しく生きた祖母が、少しうらやましく、心から誇りに思っている。
祖母が生きていたら、ちょうど今年で100歳になる。死んだ後の世界はわからないが、もしあの世があるのだとしたら、一緒に読書を楽しんでいてほしい。できることならば、祖父とその人の奥さんも交えて、みんなで読書を楽しんでいてほしい。そして、夏目漱石の小説のタイトルは『まごころ』ではなく『こころ』であると、祖母に教えてあげてほしい。
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