22歳の誕生日プレゼントは小さな二つの命だった
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記事:でこりよ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「……何がやりたいのか、全然伝わってこない。やり直し!」
何度目だろうか。突き返された指導計画書を受け取った私は「わかりました」と声を絞り出すのが精一杯だった。
東京の音楽大学に通っていた私は、教育実習のために地元福岡に帰省した。これから始まる2週間、母校の中学校で可愛い後輩たちから慕われる理想の実習生の姿を思い浮かべながらニヤニヤが止まらなかった。
しかし、初日から一気に奈落の底へ突き落とされた。どうやら現役音大生としての生意気な態度が音楽教諭の逆鱗に触れたらしい。執拗に繰り返される指導計画書のダメ出しに加え、一挙一動に対して嫌味を言われ続けた。担任として受け持った1年3組でも終始表情の硬い私に対して生徒全員が気をつかってくれているのを肌で感じていた。理想とかけ離れた空回りしている自分が物凄く情けなかった。
「今日も……上手くいかんかった」
2000年6月13日午後6時。実習7日目を終えた私は、未だに良い関係を築けていない1年3組のこと、授業のことをグルグル考えながら、下を向いたまま歩いていた。家まであと少し、と思ったその瞬間、何かが目の前を横切った。
「あれ? なんか様子がおかしい?」
ハッとして振り返るとダンボールを抱えた小学校低学年くらいの男の子と妹と思われる幼い女の子の姿が目に入った。
住宅街の夕暮れ時は、ポツポツと電灯が明るくなり始めるのと同時に、影が生まれ、死角が発生する。「このままでは危険だな」と曲がりなりにも「先生」としての責任感が芽生えていたのだろうか。私はとっさに「どうしたん?」と兄妹に声をかけた。
「お母さんがウチはいかんって。どこかに置いてきんさい、って」
ダンボールの中を覗き込むと、生まれたばかりの三毛猫とキジトラの子猫がそっと身を寄せ合っている。
「もう暗いけん、お家に帰ろう。この猫ちゃんはお姉ちゃんが何とかするけん」男の子はホッとしたのか、素直にダンボールを私に預け「ありがとう」と言って妹の手を引いて走っていった。
先のことはまったく考えていなかった。ただ、子供達と子猫を守りたい、と必死だったことは覚えている。ダンボールを抱えた私は急いで家路に着いた。
母は玄関で「なんしよったと? 今日は誕生日やけん、すぐ帰ってくると思っとったん……」とダンボールを覗き込んで「え!」と声を発すると、私も「あ!」と声をあげた。そうか、今日は自分の誕生日だったと気づいたのも束の間、私はすぐさま事の成り行きを説明し子猫を助けたいと懇願した。母はそれを聞いて観念したのか、すぐに「そうねー、三毛猫の方は『ドミちゃん』、キジトラの方は『ネネちゃん』」と母らしい独特のセンスが光る名をつぶやき、子猫を受け入れてくれた。
翌日、母はドミとネネを動物病院に連れて行った。私は学校から帰宅すると、すぐに二匹に駆け寄った。
「生後間もないのは確かやけど、母親のミルクを十分に与えられていない可能性があるけん、栄養失調で生きるか死ぬかは五分五分。できる限りのことはしたからあとはこの子たちの生命力次第やってさ」と母はドミとネネにミルク与えながら今日の出来事を話してくれた。
五分五分という数字を聞いてビクッとした。とにかく生きて欲しい。そう思いながらドミとネネの背中をさすった。
しかし次の日、朝起きて、タオルをめくると冷たくなった小さな鼠色の塊が横たわっていた。ネネが死んだ。言葉が出なかった。こんなに早く、五分五分という数字が悪い方の現実となって目の前に現れるとは思っていなかった。
「手を尽くした後だったから、しょうがないよ」
母は拳の大きさにも満たないネネの亡骸をそっと持ち上げながら囁いた。庭の日当たりの良い場所に穴を掘り、私たちは朝のうちにネネを弔った。
その日の帰りのホームルーム。私はこの出来事をクラスのみんなに向かって話し始めていた。どうしても伝えたい。きっとみんなに伝わるという信念が私を突き動かしていた。
「実は一昨日、猫を2匹拾いました。どういう事情かわからないけれど、小さな男の子が生まれたばかりの子猫が入ったダンボールをか抱えていてね。みんなも知っとうと思うけど、この辺、暗くなったら危ないやん。だけん、もう帰りーって、先生、そのダンボールを預かったと」
今までと雰囲気が違う。みんなの目がしっかりと私の話を聞いている。
「でもね、今朝、とっても悲しいけど、1匹、死んじゃいました。命ってなんだろう。みんなはどう思う?」
シーンとしている。
「みんなも命あるよね? 命があるから生きてるよね? 当たり前のことだけど、それって本当に当たり前なのかな?」
私の突然のスピーチは、しんみりとした空気の中、起立令の掛け声とともに終わった。
やっちゃったかな、と思った。しかし、はじめてクラス全員と向き合えた気がした。何かを必死に取り繕った「先生」としてではなく、素の「私」として1年3組のみんなと繋がれた気がした。
その3日後、「先生の話、とても考えさせられました」、「めっちゃ良かったです」、「私も猫を飼っているのでとても先生の気持ち良くわかりました」と、温かいメッセージを受け取るとともに、2週間に渡る実習を終えた。あの時、ドミとネネに会うことができなかったら1年3組のみんなと繋がることはできなかった。22歳の誕生日に舞い降りた小さな二つの命は、私に信念を持って行動する勇気を授けてくれたのだ。
ネネの意思を受け継ぐかのように、ドミは元気に18年目の夏を迎えた。母が送ってくれたドミの写真を見ながら、今年の猛暑を乗り切るんだぞ、と出会った頃のネネとドミを思い浮かべながら私は目をつぶり、携帯電話を握りしめ、強く念じた。
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