この痛みをどう伝えればいいのか
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:イシカワヤスコ(ライティング・ゼミ平日コース)
久しぶりに歯医者に通っている。
初めて行く、近所の新しいところだ。
先生は若くて、明るく清潔な診察室はブースのように区切られており、他の患者さんとの距離もちょうどいい。
治療のビフォーアフターは口腔内カメラで都度撮影され、椅子の前の大きなモニターですぐに共有される。
ちょっとした治療にも麻酔が使われ、痛みは極力減らしていく方針のようだ。
ほほぅ、最近はこんな感じなのか。
昔は歯医者と言えば無機質な感じで、隣の席の治療の音や子供が泣く声が聞こえて、必要以上に怖かった気がする。
歯医者は痛くて怖くてあたりまえ、という時代はもうとっくに終わっているみたいだな、とひと安心していた。
いちばん新しいと思ったのは、顔にタオルをかけられることだ。
Cの字型に眼と顎をフカフカのタオルでぐるっと覆われる。
治療というよりはサービス感が出てる。
先生と近すぎる距離で目が合って気まずくならない。
よくわからない機械を片手に近づいてくる恐怖感も味わわなくて済む。
若い助手さんも、同性とはいえ至近距離で顔や肌を見られるのは、中年にとってはあまり心地よくないもの。
それも顔が覆われることで、リラックスしてクリーニングをお願いできた。
しかし、いいシステムだなぁ、なんてのんきに思っていられたのは、そこまでだった。
たまたま症状の都合で、週一で来る年配の先生に診てもらうことになった。
このタオルシステムにあまり慣れていないのだろう。
いざ治療が始まると、むぎゅっと顔に圧がかかる。
ちょっと! 右目の眼球の上に手をつかれてるんですけど!!
びっくりした。
歯医者でいきなり眼球を押される、まさかのサプライズ。
目を閉じていてよかった。
先生はそんな驚きと動揺に気付くことなく、治療は進む。
治しているのは上の前歯の裏側で、なかなか他人の目や手の届きにくいところだ。
上の方からわたしの頭を抱え込むようにして、作業に熱が入る。
眼球から手が離れてほっとしていたら、また事件発生!
グイグイと手に力が入るにつれ、わたしの片鼻がふさがれた。
呼吸は、もう片方の鼻ひと筋に託されている。
うっかり声が出かけたら、のどの奥にたまった唾液で溺れそうになった。
これはまずい。
意思表示以前に生命の危機を感じる、歯医者なのに。
緊張と、カリカリと歯に加わる力に呼吸が乱れがちな上に、片鼻をふさがれ、もう虫の息だ。
ふ~~~、ふ~~~。
か細い呼吸に全力で集中していたら、ようやく治療が終了した。
助かった。
溺死と窒息死の危機からの生還、歯医者なのに。
熟練医師には申し訳ないが身の危険を感じるので、次回からは院長の若い先生を指名する。
目隠しに慣れているせいか、これから何をするか、声かけが多くて安心する。
「痛かったら、左手を上げてくださいね」
あぁ、そういえば歯医者にはそういう仕組みがありましたね。
でも、くちびるがしびれるくらい麻酔がかかっているから、大丈夫じゃないかしら。
しかし、虫歯を削るための麻酔は使われるけれど、口の中は狭い。
「少―し、風入りまーす」
シュゴー―――ッと吹き付けられる風に、麻酔がかかってない場所が反応する。
っ痛!!!
思いっきり顔をしかめてみるが、治療の手は緩まない。
そうか。
タオルのせいで、顔面でのコミュニケーションが取れない。
いままで歯医者ではひたすら顔をしかめて、鼻や眉間にシワを寄せることで痛みを伝えてきていた。
その顔芸が使えない。
えぇぇぇ……と困っていたら、助手さんの持つ、ボボボボボ!と水分を吸いとるノズルが舌の裏側の柔らかい部分に吸い付いてまたしても痛いじゃないのよちょっとぉぉぉ!!
「ンゴ!!」
思わず声を上げたところでもう遅い。
「どうしました?」じゃないっつーのよ。
「ふはへて、ひたひ(吸われて、痛い)」
他人に口の中に手を突っ込まれたまま喋るのって、難しい。
そうか、手を上げろって言われたな。
よし! 次は上げる!
ガガガガガ…って、い・た・いーーー!!
そういえば麻酔が効きにくい体質だって言うの忘れてた。
「ンガァ!!」
またうなり声でアピールして、追加の麻酔が効くまで、小休止。
手! 手を!
と頭では思うけれど、いざ痛みに直面すると、どうしたって瞬間的に力が入ってぎゅっと縮こまるのが人間の身体の仕組みだ。
これ、手を上げられる人はいるのかな?
そーっと、手を胸元まで引き寄せた。
これで少し動かせば上がったことになるんじゃないだろうか。
治療は続く。
大きな痛み、小さな痛み。
治療本筋の痛み、小さな不手際での痛み。
口の中は繊細で、ほんの少しの刺激も痛みになる。
痛みを感じるたびに手を上げようと思うけれど、やっぱり身体が固まるのが先で、瞬間的過ぎて上げられない。
胸元で握りこぶしを固くするだけだ。
そもそも吸い取りマシーンが下手なのは、手を上げたところでどうにかなるものなのか。
どれくらいまでが想定内の痛みなのか。
少しは我慢してくださいよ、とか思ってるのかしら。
そうこうして何度かビクついているうちに、治療の山場は超えたようだ。
もうこの頃には、虫歯よりもこの仕組みについて考えが暴走している。
身体に力が入るんだから、聴力検査のブザーみたいな音を出す機械を握ったら?
ブーとかピコーン、なんて、早押しクイズみたいね、ふふふ。
「痛い」「よだれ」とか選べるといいかも。
喉元過ぎればなんとやら。
「はひがほうほあひまひた(ありがとうございました)」
しびれた口でお礼を言って、診察室を後にした。
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