なんもないがある
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記事:Hawa(ライティング・ゼミ日曜コース)
うわ、なんもない。
1年と少し前、私が秋田空港を降りたった私の第一声がこれである。
見渡す限りの田んぼ。まばらな民家。山、山、山! 緑!
そして、大学のキャンパス内にはクマがでるらしい。
ここは、ほんまに21世紀の日本なん?
ここで4年の大学生活を送れるんやろうか。どうやって生きていくんやろう?
大学1年生、春。夢と希望が不安と絶望に変わった瞬間だった。
ほんとうに、なにもない。そして、そのせいで、ものすごく不便なのである。
私の故郷もじゅうぶんに田舎だと思って19年過ごしてきたのだが、秋田のほうが、数100倍すごかった。
まず、バスと電車が、2時間に1本ペースでしか来ない! だから、出かけるのにも一苦労。なんだか幽閉されている気分。
そして、出かけるといってもイオンモールしかない。食料品も服も本も、全部そこで買うしかない! だから、大学には、お揃いで買ったわけではないのに同じ服を着た人が何人もいる。
遊ぶところは……。ご想像のとおり。
ああ、ほんまになんもない! 不便!
なんでこんな、なんもないところにきちゃったんやろう?
予想はしていたけれど、それをはるかに上回るド田舎っぷりに参ってしまい、
「出かけるの不便やし、そもそも出かけるところもない。早く実家に帰りたい」
と思い続けていた、大学1年生の晩秋のある日。
くさくさした私とは対照的な、光り輝く笑顔の、同期が、楽しそうに見知らぬひげもじゃのおじさんとしゃべっているのを目撃した。
ん? なんであいつはこんなに楽しそうなんや?
んで、あのひげもじゃのおじさんはだれなんや?
思わず話しかけていた。
「なあ、楽しそうやけど、これはなんの集まり?」
「地域の方と交流するサークルの活動だよ。こちらは、ご家族で東京から秋田に移住してこられてこの辺りに住んでいる方」
地域の方、か。そうか、この地域で、生活している人がいるんや。へえ、このもじゃもじゃのおじさんは、何でもそろっている大都会の東京から、こんななーんもないド田舎に引っ越してきたんか。しかも、家族で。不思議な人もいるもんやな。
なんか、おもしろそう。
私の中で、何かが動いた。
次の春が来て、2年生になって、迷わずその地域交流サークルに入った。なんにもないところで、楽しそうにしている人に興味が湧いた。なにがそんなに楽しいのか、なんでそんなに楽しいのか知りたくなった。
そして、この人たちとかかわれば、自分もわくわくできるかもしれない。
ちょっと希望が湧いてきた。
そのサークルは、地域の方との交流をキーに活動しているため、活動の幅は多岐にわたる。
大学周辺に住んでいる農家の方々のところにお邪魔して、農作業を体験させてもらったり、お祭りに参加させてもらったり、草履づくりを習ったり、子供たちに英語をおしえたり。
でも、どの活動でもみなさんすごく温かく、よそ者の私たちを受け入れてくださる。まるで、家族みたいに。
遊びに行くたびに、これけえ(これ食べな)と秋田の家庭の味をふるまってくれる農家のおかあさん。
沢に山菜取りに連れて行って、どれがおいしいか教えてくれるおじいちゃん。
私にはさっぱり理解できない秋田弁で、一生懸命に田植えを指導してくれるおばあちゃん。
ジェットコースターみたいだとはしゃぎながら、いっしょに軽トラの荷台に乗ってくれる小学生たち。
どの人もすごく生き生きしている。
私は、農家のお母さんに胃袋つかまれて。おじいちゃんおばあちゃんにいろいろおしえてもらって。子供と遊んで。
秋田は第二の故郷になっていた。
あれ? 秋田には、なんもなかったはずやのに。
なんもなさすぎて、実家に帰りたかったはずやのに。
ここにいると、気づけば私自身がいちばん楽しんでいる。
晩秋に見かけた、同期のように。
秋田には、なにかがある。なにか、とても尊いものが。だからこそ、私も地域のみなさんも、毎日生き生きしていられるんや。
たしかに、秋田にはなんもない。
買い物する店もない。遊ぶところもない。ないものに目を向ければ、きりがない。
でも、たぶん、大都会が逆立ちしたってかなわないものが秋田にはある。
なんもないからこそ、世代を超えたひととの温かい交流がある。
なんもないからこそ、その温かさの中で幸せに過ごすことができる。
なんもないからこそ、そのささやかだけれどおおきい幸せを、大事にできる。
秋田は、都会やそこら辺の地方都市と比べると、物質的には豊かではないのかもしれない。ないものだらけだ。
けれどあの得難い、そして豊かな人間関係は、互いを隔てるものがなんもないからこそ生まれたものだ。
なんでひげもじゃのおじさんが家族を連れてここへ来たのかがわかる気がした。
きっと、あのおじさんは、秋田のなんもない豊かさに惚れたんや。
そして、私も。
そう、秋田には、なんもないがある。
ここにきて、よかった。
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