WELCOME!筋肉痛!
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【8月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:なつむ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「フッ……、フンッ……、フッ……」
一定の感覚で息を吐きながら、体を動かしていく。といっても、トレーニングをしているわけではなく、ここは運動をするための場所でもない。見慣れた通勤風景、いつもの駅の上り階段だ。
あと十数段、あるだろうか……。足を止めて見上げた私の眼の前を、学生さんが軽い身のこなしで駆け上がって行った。いつもなら刺激をもらって少し真似してみたくなる場面だ。
しかし、今日は勝手が違う。私は気持ちを落ち着けて、自分の足元に視線を戻した。
片足を踏ん張りながら、もう片方の足を慎重に一つ上の段へ持ち上げ、着地の足場を決める。少し息を吸い込み、フッと息を吐き出すタイミングで、前足の太腿とふくらはぎにぐっと力を入れ、体を持ち上げる。一段一段、まるで重いものを運ぶように、ゆっくりと登っていく。
「フッ……、フンッ……、あと少し……」
ようやく階段を登り終え、私は駅の外に出た。朝夕はすっかり涼しくなり、通りには心地の良い風が吹いているというのに、私一人、額に薄く汗をかいている。
私は今、ひどい筋肉痛なのだ。
昨日、強度の高い運動をした。日頃運動をしないわけではないが、昨日のものは負荷のレベルが違う。
「うん、いいね!明日はバキバキですね!」
ヘトヘトの私に、優しい上級者の方が爽やかに声をかけてくれた。バキバキとは筋肉痛で体が動かない状況のことだ。見事、その予言は現実になった。
子供の頃、筋肉痛といえば、腕や脚、腹筋くらいが定番だったように思うが、最近の自分の筋肉痛はバラエティに富んでいる。
例えば、お尻。多くは太腿の筋肉痛と併発する。椅子に座ったり立ち上がったり、それこそお手洗いへ行くのにも、短く唸る。
あるいは、首。左右への首振りが、ある角度から先へ進まない。懐事情を表す比喩ではなく、文字通りに「首が回らない」のだ。軽い気持ちでほぐそうとしたら頭痛まで起きてしまった。
意外なのは、脇の下。正確に言うと肋骨周りの横から背中にかけて。腕の動きで激痛が走るたび、こんなところに筋肉があったのかと思う。
筋肉痛は厄介だ。日常的なごく普通の動作が、毎回重くて仕方ない。些細な動作でも痛みがついて回る。少なくとも痛くてハッピーな気持ちにはなれない。痛みが続けば何をやるにも億劫になり、放っておけば一日寝て過ごしてしまうかもしれない。
だがそんな筋肉痛も、そのときにしか得られない貴重なものが、2つばかりあることに、最近気づいた。
筋肉痛の贈り物、その一つは、体の仕組みがよく分かるということだ。
筋肉痛の時には、ふとした動作で思いもよらないところが痛む。それは、動作と筋肉が関連している何よりの証拠だ。
私達は普段、動作と筋肉のつながりなど、敢えて意識することはない。手を伸ばしたいから伸ばし、立とうと思えば立ちあがる。その時の筋肉の動きなど、まず考えない。
でも、筋肉痛になると、よく分かる。腕で重いものを持ち上げようとする時、脇の下や背中の筋肉を使っている。肘を横に上げて脇を開く動作では、肩の内部の筋肉が動く。手のひらをグーパーするには前腕を使うし、手すりに掴まる動作は腕以上に胸や背中の筋肉が働く。歩くこと一つにも、腿の前、後ろ、内側、お尻、腰、いろんな筋肉が関わっている。
普段は意識してもわかりづらいそれらのつながりが、筋肉痛というフィルターを通すととてもクリアに見えてくるのだ。一つの動作に関連する筋肉の数と種類、その見事な連携、更にそれらを普段何の意識もせずに動かしているという事実、考えてみれば、なんとうまくできているのだろうか。
その気になって面白がってみると、次々と発見がある。
日頃何の感謝もせずに当たり前に使っている自分の体が、こうしてみると奇跡のように思えてくるから不思議だ。人の神秘に一つ近づいたような気持ち。こうして見える景色は決して悪いものではない。
筋肉痛の時に得られるもの、もう一つは、体の自由が効かない・痛い人の気持ちがわかる心だ。
強い筋肉痛になれば普通に歩くことも痛みが伴う。信号が赤になりそうでも、走れない。電車の時間が迫っても、階段はゆっくりしか登れない。歩きスマホで急ぎ足の人が来ても避けきれない恐怖、ぶつかられた時に踏ん張りが効かない辛さ、雑踏のスピードについていけない気まずさ。周囲をよく見て、時間をよく見て、いつもより少し頭を使う自分がいる。
怪我をしている人や、街をゆっくり歩いているお年を召した方からすると、こんな感じなのか。恥ずかしながら、思ったように動けなくなって初めて、しみじみと思う。
日頃、何も思わないわけではない、それでも、想像するのと体験するのは大きく違う。
時にはこんなふうに世界が見えるのも、貴重なものだ。筋肉痛が治っても、こういう世界の見方を、どうか忘れないで生活していたいと思う。
おしなべて、筋肉痛は痛い。痛いのは大嫌いだ。でも、筋肉痛は、動作の不自由さと痛みでもって、普段は思いを馳せることのないものをつぶさに教えてくれる。期間限定、自分専用、そして密着指導で実体験型授業の先生、しかも無料。そう思えば、こんなにありがたいものもない。
だから私はこれからも、時々は、ひどく筋肉痛になるくらいの運動をして、そして、言おう。
「WELCOME!筋肉痛!」
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