お客様とスタッフの間に明確な一線を引かなければならない理由《サービスとコミュニティのはざま論》
「本」、とは突っかかりながら読むものだと僕は思っている。
容易にすべてを読み終えて、「なるほど、面白かった」なぞとなる読書にいささかの価値もないと僕は思っている。
分からない言葉が出てくれば、辞書を引き、メモを取り何度も心の裡でその言葉を唱えながら腹に落としていき、身体に染み込ませて行き、いつかその言葉を使える時に恐る恐るその言葉を引き出してみて、反応として少しニュアンスが違うなと気づけば修正し、それを繰り返すことによってその言葉を自分のものとする。
あるいは、ある種の言い切りめいた概念があったとして、そのときにはリアルにどういうことか、腹落ちしなかったとしても、それをもやもやした気持ちと一緒に胸に留めておき、いずれ、それが実感して「分かる」日を待つ。
先日、『1坪の奇跡』の著者であり、1坪で年商3億円「幻の羊羹」で有名な吉祥寺「小ざさ」社長の稲垣篤子さんを迎えて、天狼院でスーパーLIVEを開催致しました。
これは本にもあった一節ですが、僕として、どうも腑に落ちない部分があったので、稲垣さんに聞いてみたのです。
そのときのテープ起こしの原稿が手元にございますので、引用してみましょう。
三浦 小ざさ会。
寺田 小ざさ会みたいな。
稲垣 私たちはお話しは聞きますけどね、そこの中に一緒に入ってっていうことは。
三浦 しない?
稲垣 絶対に。
寺田 そこがね。
三浦 そこがすごいよね。うちもそれやんなきゃと思った。(笑)
寺田 え?
三浦 ちょうどスタッフにお客様とFacebookで友達になるなとかね、規則を作ろうと思っていたんですよ、これ見て。これやばいなと思って。それ、どういうことなんですか。稲垣さんはその小ざさ会のコミュニティに入ろうと思えば入れるじゃないですか。どうして距離をちゃんと保たなきゃいけないと思ったんですか?
稲垣 お客様とは距離を保てって言われたの。
寺田 それはお父様に。
稲垣 はい。
話はここから別の展開になり、結局はなぜお客様と距離を保たなければならないのか、僕はわかりませんでした。
稲垣さんは日本屈指のアントレプレナーであるお父様、伊神照男氏に「お客様とは距離を保て」と言われ、それを頑なに守ってきたと言います。
そして、守っているうちに、なぜ距離を保つ必要があるのか、様々な問題に直面しながら「体得」して行ったのだろうと思います。
僕は、依然として腹落ちしないままに「もやもやした気持ちと一緒に胸に留めて」おいたのでございます。
いつか、それが分かる日が来るだろうと。
そのいつかがやって来ました。
お客様にスピーカーになってもらい、とあるイベントを企画していて、日程調整をしていると、その方がこんなことを言う。
「実はその日はAさんの家に招かれて、みんなで食事をすることになっているんですよ」
何気なくメンバーを聞いてみるとその「みんな」とは天狼院オープンしてまもなくから天狼院を利用してくれている常連の皆様でした。
それを聞いて、正直言えば、僕は少し寂しい想いを致しました。
僕にも一声、かけてくれてもよかったじゃないか。
もちろん、僕が昼夜を問わず休みがまるでなくフルスロットルで働いていることは周知のことです。けれども、かたちだけでも、誘ってくれてもよかったじゃないか、と思ったのです。
食事会をするという当日、その会に参加する方々も天狼院にいらっしゃいました。
今日はこれから友だちと食事会があって、や、友だちと会う約束があってと去り際に皆様、仰っていたのですが、その「友だち」が僕もよく知る皆様だということは誰も話してくれない。
僕は天狼院の奥、岩波文庫の前の席にひっそり陣取りながら、その日も新しいイベントの複数同時並行準備をし、言わば新たなコミュニティを生まれる場を作るために、休みなく働いていたのですが、ふと我が身を省みて、何をやっているのだろうとふとキーボードを打つ手を止めました。
いったい、僕は何のために働いているのだろう。
みんなは楽しそうに過ごしているのに、天狼院を作り、コミュニティを作った僕自身は、いったい、何をしているのだろう。ただ、また次の場を作るために、休みなく働き、しかもいつ休みが取れるとも知れない。
何だか、自分がやっていることが急にアホらしくなったのです。
その虚脱した想いが、やるせない怒りに転化する直前、ふと、稲垣篤子さんの言葉が脳裏に蘇りました。
「お客様とは距離を保てって言われたの」
すっと、言葉が腹に落ちてきました。
鳥肌が立つ想いを抱きました。
「そういうことか」
と、稲垣篤子、そして稲垣さんの父伊神照男さんが言っていたことの意味を理解しました。
もやもやしていた想いが晴れました。
僕は、大きな勘違いをしていたのです。
天狼院は、あくまで天狼院であって、「三浦の部屋」ではない。
そして、お客様はあくまでお客様であって、三浦の部屋を訪れた「友だち」ではないのです。
僕は天狼院が、僕の部屋であって、お客様が友だちだと公に言ったことはおそらくないでしょう。けれども、どこかでお客様にそう感じさせていたことがあったのではないでしょうか。
だから、お客様に変な気を遣わせてしまったのかも知れません。
そうだとすれば、全面的に悪いのは勘違いしている僕の方です。
天狼院が提供するのは、あくまで、「場」であって、コミュニティはお客様がご自身の時間をつかって自由に創りあげるものです。天狼院がそこまで関与する必要性はどこにもない。
店主の僕を始めとして我々天狼院スタッフ一同は、お客様が楽しむべき「場」を提供するのが仕事であって、お客様と友だちになるのが仕事ではない。
つまり、天狼院でできた繋がりで、外で自由に楽しんでもらっていいはずなのに、僕は「友だち」に除け者にされたというような疎外感を勝手に感じてしまっていたのです。
勘違いも甚だしい。
稲垣篤子さん、そして伊神照男さんが言いたいことは、そのようなことだったのだろうと思います。
店主なそんなスタンスでいたものだから、スタッフがこれにルーズになってもおかしくはありません。それは全て、僕の責任でございます。
たとえば、スターバックスのホスピタリティとは素晴らしいですが、スタッフは丁寧に対処してくれたとしても、友だちのように、自分はどこに住んでいて、などと素性を明かすことはないでしょう。しかし、天狼院ではそこのところがルーズになっている。
それは、誰より、店主である僕がルーズだからです。
我々、スタッフは、お客様が楽しめるためにやはり、「黒子」に徹してサービスを提供する必要があるのです。
僕はスタッフにこう言いたいと思います。
「お客様と自分の間に一線を引くように。そして、お客様が天狼院で最大限に楽しめるように黒子に徹してサービスを提供するように」
天狼院のスタッフの、全員が、元天狼院のお客様です。
あるいは、僕がこういうことに対して、最初は戸惑うことだろうと思います。
けれども、みんな優秀で賢いので、すぐに自分なりに理解して、行動に移してくれるだろうと思います。
お客様におかれましては、これまで以上に天狼院を楽しく、かつ、居心地のいい「場」にして行こうと思いますので、これまでどおり、いや、これまで以上に、天狼院に入り浸っていただければと思います。
どうぞよろしくお願いします。