仕事に行き詰まったら、遺書を書け
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記事:植松真理子 (ライティング・ゼミ 日曜コース)
私は、よく仕事に行き詰まる。
「そんなの皆そうだよ」と言われそうだが、気分転換などではどうにもならないレベルで辛くなることが、何度もある。個別対応の業務が多くなり、小さな変更作業や変更に伴うやり直しなども多くなってきて、行き詰まる回数も多くなっているように感じる。
「働くって大変、生きるって辛い……」
そんな時、私は遺書を書いてみた。
自殺をチラつかせて、上司や周囲を責めてやろうというのではない。
いや、それをやってみたい気持ちはあったが、思いとどまった。最近は、うつ病の対策マニュアルが普及してきているので、きっとある程度の効果はあるのだろうと思うのだが、これをすると相手以上に、自分を傷つけてしまうのではないかと思ったからだ。
江戸時代は、直訴をした者は打ち首になるというきまりがあったそうだが、今でも秩序を乱した罰のようなものが存在しているように感じる。……こんなことを考えてしまうので、よく仕事の行き詰まるのかもしれないのだが、とにかく上司や周囲を責めるためではない。
また、「自殺することに比べたら仕事の辛さなんてなんでもないさ」という開き直りのために遺書を書いたのではない。まぁ確かに、開き直ることはできるが、気持ちの持ち様が変わったところで、仕事が変わるわけでは一切ない。
もちろん気分が違えば、同じ状況であってもハッピー度は高まるだろう。「それでいいじゃないか」という考え方もできるが、なんだか損を黙って受け入れるようでくやしい。……こんなことを考えてしまうので、仕事を辛く感じてしまうのかもしれないのだが、とにかくもっと、実際的な部分で何とかしたい。
すべての場合に当てはまるわけではないかもしれないが、私は遺書を書くことで、仕事の行き詰まりを脱出することができた。
書く遺書は仕事の関係者宛てのもので、自分は不治の重い病気で間もなくこの世からいなくなってしまう、という想定で作成する。自分がやり残した仕事をうまく仕上げるための遺書を書くのだ。
書き方としては、まず、自分はもうすぐこの世からいなくなってしまうのだから、絶対に自分に役割を残さない。人からどう思われるかなどは、もう関係ないことなのだから、普通に頼んだ場合なら絶対引き受けないだろう相手であっても、そこは忖度せずに役割を割り振る。きっと起きるだろう混乱やミスがリアルに頭に浮かんできても、そこは無視する。それだけで、自分を抜きした仕事の割り振りができあがる。
どうしようもない理由で自分を抜きにして仕事を進めなければならないと思うと、今まではどうしようもないと考えていた色々な制約条件が簡単に消えていく。例えば、多少は時間がかかっても仕方がない、お金がかかってもやるしかない。
自分が仕事をできるうちは思いもしなかった大きな変更が、急にリアルなものにみえてくる。不謹慎かもしれないが、ちょっと面白い。
遺書で作った仕事のやり方では、自分ところに仕事が届く前の段階の人たちにやってもらうことが多くなった。それは例えば、進めている仕事の条件や細かい依頼や変更の整理などのことなのだが、これは地味な割に時間がかかる作業だ。やってくれと頼むと、まず間違いなく「そんなこと君がやればいいだろう」「君がやりたくないなら、別の人に頼むよ」と言われてしまうだろう。
自分の職を失う話になりそうで怖かったのだが、今回は自分がもうすぐいなくなる想定なので、ここで引き下がっては何にもならない。
「今から、別の人に覚えてもらうのですか? 今はもう人を増やしてやるような時代ではないでしょう」
「情報の整理や共有が簡単にできるようなシステムを使いましょうよ。フォローしますよ」
こう言うと、問答無用で拒絶されることはなく、嘘のように意外に描いた通りに実現していったのだ。
ただ、これはすごい発見をしたと思って友人に話したのだが、その友人の反応は冷ややかだった。
「それは、片足をかけた船が岸から離れ始めてしまったら、水に落ちるのを待つよりも水に飛び込んでしまえ、ということなのではないの? ダメージはあったと思うよ」
冷静に考えれば、確かにそうとも言えるかもしれない。いままでの仕事で、安定を取り戻すことはできなかったし、そもそも今までの仕事は無くなってしまったということもできる。新しいシステムを使った仕事のやり方が定着した後の仕事の保証もないだろう。しかし、それならそれでも構わない。
あのまま受け身でいては、じわじわと息苦しさが増すばかりだった。今はこんなに前向きでいられる。水に落ちるより、飛び込んだほうが絶対ダメージは少ない。飛び込めてよかったと思う。
後から考えれば、遺書という設定は、飛び込むための心構えをつくったのかもしれない。
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