メディアグランプリ

カルメンになれなくて悪かったな!


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:コバヤシミズキ(チーム天狼院)
 
 
「他人の目なんて気にすることないんです!」
TVから聞こえてきたそのセリフに、別に反応する必要なんてなかった。
そう頭では分かっていても、この天邪鬼でどうしようもない頭は、やっぱり可愛げのない言葉を吐き出してしまう。
「いや、無理」
今だって、出てきたばかりのリビングで、私のことを何か言ってるんじゃないかって。
恐ろしくてたまらないのに。
「はー、しんど」
気にしすぎ? 考えすぎ? もっと周りを信じろ?
信じてるよ。信じててこのザマなんだ。
「おちおちトイレにも行けねえな」
心の中の私が、芝居がかった様子で肩をすくめる。
それでもトイレに入る前、リビングに耳を澄ますこの癖は、まだまだ抜けそうにない。
 
“他人の目を気にするな!”
耳にたこができるくらい聞いてきたこのセリフ。
挙手制の発表も、嫌いな体育も、音楽も。どんなときも私について回ってきた。
だから、正直鬱陶しかったのも事実で。
「きれい事ばっかり言わないでよ。どうせ私のためになんて思ってもない癖に」
人前に出ることに対し、めちゃくちゃ抵抗する私を励ましているつもりか。
“他人の目”を気にして前に出られない、“恥ずかしがり屋で自信のない”私がかわいそうか。
「分かってないなあ」
一等嫌いだった体育の授業後、苦々しい気持ちを口に押し込める癖は、もうすっかり染みついて離れなくなってしまった。
……だって、誰も分かってないのだ。
マラソン大会で、いつもビリの私に併走する先生も。
最初に発表したくない私を励ます友人も。
「違う、そうじゃない」
恥ずかしい? 別に恥じることなど何もない。
自信がない? 結果はともかく、己の努力くらい信じるわ。
「悪いけど、私並大抵のことはやれるんで!」
なんて死んでも言えないけど。
でも、案外私は“根拠がある限り”自信満々な女だ。なめないで欲しい。
 
……じゃあ、何が原因でこんなことになっているのか。
「お前らのせいだ」
頑張ってるのに、それでもうまくいかない私に、まだ“頑張れ”と言ってくるお前らのせいだ。
他人になすりつけるのは、お門違いかもしれない。
だけど、私はもう、そうせざるを得ないのだ。
「失望されるのが怖い」
……他人からの評価が、全てだ。だから、怖い。
応援は期待の裏返し。
私の中にほんの少し残った純真さは、期待に応えたいと頑張りたくなってしまう。
「どんなに嫌いでも、いつか好きになれるよね!」
なんて、他人の目がある限り、頑張らなくてはいけないのか。
ああ、やっぱり私は他人の目が気になって仕方がない。
 
どうも世の中は“嫌いなこと”を許してくれない。
やりたくないことに対して“嫌いだから”という理由はなかなか通らない。
でも、出来ければ出来ないで、「あー」と下がり気味の低い声で落胆されてしまう。
だからこそ、私は他人の目を気にして、最適な理由をでっちあげるのだ。
「いや、はは。まあ、こんなもんっすよね」
のらりくらりと躱す度、気持ちは楽になった。その裏側で自尊心は傷つき続けた。
だって、他のことなら自信があるのに。
もっと、やれるのに。
「ああ、もう、大嫌いだ!」
そうやって悪態をつく度、私の信じるものがすり減っていくような気がして。
「底をつきそうだ」
一番信じていた“自分自身”を、信じられなくなってしまったのだ。
 
強い女でありたいと思っていた。
「カルメンみたいに、うまくはいかねえな」
目指す存在から、一歩ずつ遠のいていく。
……『私を嫌う男は好き』なんて自信満々なカルメンちゃんに、憧れてしまったのは必然だった。
だって、知っている。
“他人の目”を気にしないようにするには、自信を持つことが最適解だって。
だから、本当は自信なんてない癖に、自信満々な私の“根拠”を取り戻そうと必死なのだ。
……本当は、大して周りが自分のことを見ていないことも分かっているのだ。
「カルメンみたいに、嫌いを好きに変えられたら」
それだけの莫大なパワーは、この弱っちい心に秘められてないけど。
それでも、嫌いなことをやり遂げれば、失望されないと。
そうすれば他人の目なんて気にならないと、それだけは信じていた。
 
「まあ、でも、嫌いならやらなくていいんじゃない?」
リビングの扉に手をかけたまま、聞こえてきた言葉に耳を疑った。
誰が言ったのかも分からない。
TVなのか、電話をしている母なのか、ニュースを見ている父なのか。
それくらいあっけない軽さで、私の重くて長たらしいドロドロは、ひっくり返されてしまった。
“嫌いならやらなくていい”
誰も言ってくれなかったその言葉を、こんな形で聞きたくなかった。
「嫌いにならないで」
そう思って、思い詰めて、全部嫌いになりそうだった私を、すくい上げるのはもっと早くしてほしかった!
「ああ、もう、結局私のせいじゃん」
でも、感傷もクソもへったくれもない最悪なシーンだけど。気づくのが遅かった私には丁度良い、なんともアホらしい演出だ。
だって、本当に気にしてたのは“他人の目”なんかじゃなくて、“自己評価”だったなんて、笑えるオチにもなりやしない!
 
私がカルメンに憧れたのは、必然だったんだろう。
“嫌いだったらやらなくていい”を、勝手に“嫌いでもやらなきゃ”に変えていたのは、自己評価の低い自分自身だ。
……そんな私を見て、彼女はなんというだろうか。
多分弱い女だとあざ笑うのだろう。
「でも、今度は負けない」
嫌いを好きにさせる力なんてないけど。
せめて、自分の“嫌い”も“好き”もハッキリ伝えられる女に、そんな風に強い女に私はなりたい。
そうやって、他人の目に映りたい。
「カルメンになれなくて悪かったな!」
だけど、私は私だ。
手始めに、リビングで流れる腹立つ番組を変えることから始めてみよう。

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2018-08-29 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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