実は、僕は文章を書くのが嫌いだった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
【9月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:岡田 あず海(ライティング・ゼミ特講)
「人にとって、文章を書くというのはストレスです。不自然なことなんです」
ここは、京都天狼院。テレビ電話(?)の向こうで講師の三浦さんはそう語る。
一体何を言ってるんだ?
書くのがストレスな人が合計1万円払ってこの講座にくるだろうか?
少なくとも僕は違う! 僕は、書くことの崇高さを信じているし、文章は、自分と社会を繋いでくれる、僕にとって、心のインフラともいうべきツールだ。
文章の責任は重い。だからこそ、クオリティに妥協は許されない。僕は、文章のクオリティを上げるため、適度な休憩を挟み、文章を書くのを中断し、マンガを読むことで集中力を回復する。質の高い文章を世に届けるため、インターネットを使い、記事に関する情報を徹底的に調べ上げる。調べる過程で、目に入って来た情報……そう、芸能人カップル誕生とか。それが直接的に関係なくとも、ライターとしての知識の糧になる情報は、脱線してもドンドン調べていく。
疲れていては、いいライティングは出来ない。全てはいい記事を書くため、疲れたその日は「今日はいっか〜、明日にしよ」と、寝て鋭気を養う。
……あぁ、何てことだ。
書くことは僕にとってストレスだったのだ。言い訳して書くことから逃げていた。だから、Yahoo!知恵袋で検索意図をリサーチしていたはずなのに、全然関係ない不倫の投稿を読んでしまうし、ライティングの途中、気が散って、キングダムを全部読み返してしまう。
正直に言おう。僕は、文章を書くのが実は、嫌いだった。
書くことが好きだと思っていた。だからこそ、この講座を受講したのだ。
「もっと書けるようになりたい」「もっとたくさんの記事を世の中に届けたい」
そういう崇高な意思を胸に抱き、この講座を受講したはずだった。
しかし、自分でも気づかなかった僕の本音は「もっとラクに文章を書けるようになりたい」「もっと他のことに時間を使いたい」だったのだ。
ズバリ「人にとって文章を書くのは、不自然なことで、ストレスである」と言い切ってもらえたことで、自分の中の本音が、輪郭を伴って浮かび上がってくる。
文章は、あくまでも表現のツールでしかなく、文章など書かずとも、思っていることを伝えられたらそれに越したことはないのだ。
僕がしたいことは、文章を書くことではない。人の心を動かすことだ。
だからこそ、アウトプットの手段にすぎない「書くこと」に時間を取られすぎてはいけない。
書くことはなるべく早く、そして、後の時間は有意義に過ごす! それこそが、人の心を動かすのに必要な知見を自分にもたらしてくれる。
いけない、いけない。また綺麗な言葉で自分の本音を隠してしまうところだった。包み隠さずいうと、僕は、評価されたいのだ。
小さい時から、運動は大のニガテ、勉強も飛び抜けてできるわけではない、
誰かに褒めてもらう経験に乏しい少年だった僕が、唯一褒めてもらえたのは作文だった。それは、大人になっても変わることなく、他のことに一生懸命に取り組んでも「頑張ってる割には、イマイチ」という評価を下されていたが、趣味で書いているブログに関しては「面白い、文才がある」などという評価をもらえていた。
僕にとって、文章は、他者からの評価を得るためのものだ。
僕が必死に文章をタイプする音は、世間に「こっちを見てよ!構ってよ!」と叫ぶ悲鳴なのだ。
正直、褒めてもらえさえすれば、他のことに一生懸命になっていたと思う。
そんな下心だらけの僕なのに、いつの間にか、文章を人に褒めてもらう内に、
自分は「書くことが好きなんだ」という錯覚に陥っていた。その嘘を、この講座は粉々に砕いてくれた。
僕は「書くこと自体は好きじゃない」 だからこそ、書くスピードは早い方がいいのだ。書くなどというストレスのかかる作業はさっさと終わらせて、好きなことに時間を使ったほうがいい。その方が、結果的にいい文章を書く余裕ある生活もできるわけだ。
いつのまにか、「書く」という作業そのものをライティングのゴールに位置付け、神格化していた僕は、目的と手段を取り違えた状態だった。
目からウロコというが、まさにそんな感じ。「自分の目にウロコが入ってるわけない」という思い込んでいるほど、驚きは大きい。
このことを始め、講義の中で次々と既成概念を打ち壊してくれる三浦さん、
彼は「私たち凡人はですね……」と講義の中でいっていたが、明らかに凡人ではない。こんな熱量を持った人が、凡人として世の中にわんさかいたら、温暖化についてのサミットを開催する暇もなく、南極・北極の氷は溶け出し、大陸の大半は海に沈んでいる。
僕は、居住地が海の底に沈んでいないことに感謝しつつ、「自分は書くことが好きじゃなかった」という事実を知って、晴れやかな気持ちになっている。
じゃあ、この事実を突きつけられて、文章を書くことが嫌いになったのか? というと、全く逆である。むしろ、書くことをさっさと終わらせられることに興奮している。
ストレスがかかる作業をさっさと終わらせる術を持っていれば、
ドンドン違うテーマで文章を書き、世の中に届けていくことができる。
自分が飽きる前に、文章を書き上げてしまい、常にフレッシュな気持ちで次のテーマを考えることができるじゃないか。
「書くことが好き」と錯覚し、好きだからこそ、時間をかけても構わない、むしろ、かけるべきだ! と思っていた時には考えられない高揚感。
それは、好きという気持ちが、愛に変わった時のような、この先ずっと、この気持ちが続いていく安心感で僕を包んでくれる。
今、何の後ろめたさも、嘘もなく宣言できる。
「僕は、文章を書くことが嫌いだ!」
だからさっさと、書き上げてしまう。他の時間は、好きなことに充てる。
書くことに苦しんで、ネガティブになってしまうより、「書く=苦しい」と自覚した上で、効率よく終わらせてしまうことが、書くことを愛する秘訣なのだ、きっと。
文章を書くことを尊い、と考えすぎている人がいたら、この講座をオススメする。書くことの本質に立ち返り、もっと書くことが好きになれるはずだ。
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