空飛ぶ車いす
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記事:根本純希(ライティング・ゼミ 日曜コース)
彼と出会ったのは20年前の初夏だった。
知人が主催するカヌー大会で運営の手伝いをすることにした僕は、企画の段階から関わっていた。その大会は二人乗りのカヌーで石狩市を流れる真勲別川を10キロ程下るというものだった。大会の何日か前にカヌー初心者のために練習会が行われ、そこに登場した彼を見て少し驚いた。車椅子だったからだ。
車椅子の彼はMさんと言って僕より6つ年上の32歳だった。高校2年生の夏、プールで飛び込みした時に頸椎を骨折し、一命は取り留めたものの胸から下の感覚を失い、それ以降車椅子の生活になったと教えてくれた。
Mさんと僕たち運営側の仲間たちはすぐに仲良くなり、カヌー大会が終わってからも交流は続いた。
キャンプやドライブ、坂の多い小樽市に住んでいたMさんの実家にもよく泊まりに行った。
飼っている猫をとてもかわいがり、不自由な手で器用にパソコンを操作し名刺のデザインやデータ入力の仕事もこなす心の優しい積極的な人だった。
僕はMさんと交流していて気になることがあった。
迷惑をかけるからといつも申し訳なさを感じているところと、車に乗せてもらわないと1人ではどこにも行けないと思っているところだ。
彼は本当に1人ではどこにも行けないのだろうか?
ある日僕は彼に提案した。
「二人で車椅子に乗って、Mさんの小樽の家から僕の札幌の家まで行ってみよう!」
コースは小樽のMさん宅を出てバスに乗りJR小樽駅へ、JRに乗り琴似駅で下車。駅から2キロほど車椅子を走らせゴールは僕の家。
Mさんは体温調整機能がうまく働かないからすぐ熱射病になりやすい。だから秋の涼しくなったころ2人のプチ冒険は決行された。
簡単そうにみえる車椅子だったが、まっすぐ走らせることが難しく、車輪をまわす手はすぐに疲れる。
道路に落ちている石が行く手を遮り、ちょっとした段差でさえも苦労する。
僕は車椅子から立ち上げり押したくなる気持ちをなんとか堪えバス停までたどり着いた。
バスの乗り降りはスロープを使い運転手さんが手伝ってくれ、小樽駅に着くと階段は駅職員さんが4人がかりで持ち上げ移動してくれた。
僕とMさんはとてもじゃないけど痩せてるとは言えない! 僕は「ごめん駅員さん。さぞ重かろうよ」と心の中で謝り車椅子使用者を演じた。
電車を降り買い物するために寄ったショッピングセンター。エレベーターに乗ると、ボタンが上にあり座ったままでは押せなかった! 立ち上がるわけにいかないし……と思っていると金髪の不機嫌そうな、おでこに不良ですけど何か? と書かいてあるような男がスッと入ってきた。そんな不良男がすかさず「何階ですか?」と優しく尋ねてくれたとき、僕はもう見かけで人を判断するまいと心に誓った。
無事に買い物を終えると僕の家まであと2キロ。よし! もう少しだ! と車椅子を走らせていると近所のおばさんに会いびっくりされた。1か月前に会った時は普通に歩き元気だった僕が、車椅子に乗っていればそれはびっくりするだろう。説明するのが面倒くさいと思ったので、事の成り行きも説明せずに勘違いさせておくことにした。想定外の遭遇を適当にあしらい走り続けると徐々に体温が上がってくるのを感じた。口数の少なくなったMさんが気になり後ろを振り返ると真っ赤な顔で元気が無い。汗の出ないMさんは体温が上がってしまうと中々下がらず具合いが悪くなる。あとゴールまで1キロのところまで来ていたが危険と判断した僕は自宅に車を取りに戻りMさんを乗せた。
プチ冒険はここで終わった。途中だったけど僕らはとても満足していた。
卑屈になることは無いが人に支えられ手伝ってもらいながら生きているということを感じた。人の優しさに心が暖かくなり、社会にちょっと改善してほしいところも見つけることができた。道路から近い乗り物は最高にドキドキする、たくさんのことを気付かせてくれるアトラクションだった。
それから2年後
誰かがいないと外出できなかったMさんは1人で飛行機に乗り空を飛んだ。
福島で愛する人と結婚するために。
彼はとても幸せに暮らしていた。
猫と奥さん、子供たちに愛され、仕事をして社会に関わり役目を果たしていた。
彼はいつも誰かのお世話になって貰ってばかりだと思っていたようだが、僕たちも彼からたくさんの目に見えないものを受け取っていた。人に怒りをぶつけたり、自分の境遇を悔んだり、誰かを羨んだりということを彼から感じたことが無い。
東日本大震災が起き、家族の事を考え北海道に一時避難するも現地で頑張っている人が居るからと再び福島に戻るような人だった。
本当に強い人はしなやかで大きく穏やかだ。彼がそうだった。
2013年
突然の連絡だった。
誰かがいないと外出できなかったMさんは北海道から福島に飛び、今度は福島から空に飛んで行った。
久しぶりに会う遺影のMさんはよく遊んでいた頃と変わらず、くりっとした目で幸せそうに微笑んでいた。
「じゅんちゃん、僕精いっぱい生きたよ! この人生楽しかった!」と言っているような気がした。
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