ずっとずっと好きだった。
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【9月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《平日コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜
記事:末原 静二郎(ライティング・ゼミ平日コース)
2本の長い棒で骨を拾う。ぱちりぱちりと、乾いた音を骨はたてた。
祖母が亡くなった。享年90歳。大往生だけれど、予想よりもはやく病状は悪化し、
見舞いに行くタイミングを失ったままだった。
少しばかり、後悔の念がありつつ、さっきまで人の形だったそれは、
風が吹けばなくなってしまうような軽い灰にかわっていた。
忙しいお葬式に追われ、なかなか感傷に浸れる時間は少なかった。
でも、一番わたしの心を動かしたのは、棺に入れられた写真だった。
毎日、歯を磨く。
ブラシに歯磨き粉をつけて、口のなかに歯ブラシを持っていく。
しゃこしゃこしゃこ。
毎日の習慣だから、特段苦痛でも何でもない。
やらなくちゃいけないこと、というよりはもうそれが当たり前になっている。
しゃこしゃこしゃこ。
もしかしたら、ひとを愛し続けるって歯磨きなのかもしれない。
そこにあるのは感情豊かな、まるで富良野のお花畑というよりは、
砂漠に生える、アロエ畑のような、単色の世界。
でも、少しづつ積み重ねることが、その愛を大きく膨らましていくのだ。
祖父と祖母は、戦後間もない京都で出会った。
ハイカラでおとぎのある学生だった祖父は、女性との出会いを求め、大学の先生が
紹介してくれたお茶会に出席した。
そこにいたのが祖母だった。
見染めた祖父は祖母とデートを重ねた。
戦後すぐの日本。まだまだお見合いでの結婚が普通だった当時、二人は家のあらゆる面倒をおきざりにして、結婚してしまった。
恋愛結婚で、どの両親からも離れて暮らした。。
まさに新しい時代の家族像をいち早く体現した。
私の父親一人を授かり、高度経済成長とともに暮らしは豊かになっていった。
専業主婦として、息子を育て順風満帆であった祖母だったが、
かなしいしらせが届く。
祖父が突然亡くなったのだ。
67歳の3月。死因は脳卒中だった。
もともと高血圧気味だった祖父は豪胆な性格だった。
家計を圧迫するほど奢り癖があり、煙草も酒も好きだった。
3月の暮れ、暖かい部屋から寒い廊下に出たところ、祖父は倒れ、そのまま
帰らぬ人となった。
祖母は祖父の遺体から、長いことはなれることができなかった。
若い時、二人は嵐山にデートに行った。
池に浮かぶボートに乗ろう、二人はボートに乗り込んだ。
祖父は運動が苦手で、ボートを漕ぐのが下手だった。
下手なボートは、池の淵に乗り上げてしまった。
「おじいちゃんは船からおりておしてたのよ」
そういう祖母は少し誇らしげだったそうだ。
商社マンとして、バリバリ働いていた祖父は毎日夜まで飲み会があった。
いつも帰りを祖母は家で待っていたのだろう。
しかし祖父は帰らぬ人となった。
お葬式後の初七日でお坊さんがお話しされた。
「さちこさん(祖母の名)はいつも、びしっと背筋が伸びておられて、
本当に凛々しい方でした。いつも(祖父の)お仏壇の前でお経を読ませていただくとき、
しずひこさん(祖父の名)がまるでそこにいるかのように、いつもきれいにされていました」
祖父が亡くなって四半世紀。その間、ずっと祖母は祖父のことを思っていたのだ。
それは年に数回しか来ないお坊さんの目にも映っていた。
きっと愛をはぐくむということは、そういうことなんだと思う。
たとえ相手が亡くなったとしても、愛の注ぎ方はあるのだろう。
それは虹のような道が続いていたり、バラ園のなかで行われるわけではない。
毎日、鏡の前で歯をみがくように。
淡々と、しゃこしゃこと。
最近、結婚なんて、という声をよく耳にする。
確かに結婚しなくても、十分幸せに生きれる時代が来た。
家事はロボットやコンビニで代用がきくし、
女の人が働いていても違和感のない今。
異性で生活を共同することは、もう必要ないのかもしれない。
結婚という制度自体、もはや古い因習なのかもしれない。
でも、ひとを愛することは、毎日を少しだけでも明るくしてくれる。
たとえ死んだとしても、だれかが忘れずにいてくれる。
それはほかには代えられない幸せなのではないか。
棺の中で、祖母は大量の花に覆われた。
顔の横に1枚の写真。
若かりし頃の祖母と祖父が写っている。
どうやら奈良公園の写真らしい。
祖母はカメラ目線できりっとこっちを見ている。
祖父は学ラン姿で笑いながら、下を向いて鹿に餌を与えている。
対象的な二人が、なんともわかりやすい。
お葬式でもこの写真は大いに受けた。
「かわいいねえ」「お人形さんみたい」
涙ぐみひとも。
最後は少し苦しかったかな。
でも、もうひとりじゃないね。
戒名は「幸静」
幸子の「幸」に静彦の「静」
お坊さんが、静彦さんへの愛をくみ取ってなづけていただいた。
26年ぶりに、二人はきっと再会しているだろう。
きっとあの世で、デートしているに違いない。
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