働く女は女装して生きるしかなかったが
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記事:加藤しのぶ(ライティング・ゼミ木曜コース)
私は歌舞伎が好きで、年に一回は観に行くことにしている。
話の分かりやすい世話物も楽しいが、やっぱり外連味のある派手な演目が一番だ。正義のヒーローである立ち役、憎々しい敵役、艶っぽいヒロインの女形。
歌舞伎役者の立ち役・女形は、宝塚歌劇の男役・娘役と違ってきっちり決まっている訳ではない。ちょっと中性的な美男の中村七之助は、女形が多いが立ち役も演じる。
男らしい顔立ちの市川海老蔵も女形をする。一度観たことがあるが、それはそれは流し目が素敵でため息が出た。素敵なんだが、オスの塊のような海老蔵ですら、言われなければ女にしかみえない演じっぷりを観ていると、こちらが女に生まれて申し訳ないような気分になってくる。
なにせ私は、若いころに散々こう言われてきたのだ。
「お前は女のくせに愛嬌がない!」
会社の飲み会で、いったい何度言われたことか! 今ならセクハラ扱いだろうから表向きは減っただろうが、一定の年齢以上の女性は、似たようなことを言われた経験のある人は多いだろう。
男だって愛嬌のない奴はつまらんわ、とか、愛嬌で仕事ができるならパンダでも雇えよ、と、今ならいくらでもぶった斬るところだが、若いころの私には反論する術がなかった。どちらかといえば仏頂面ですぐ怒りだす私は、特に言動にかわいげがなかったらしい。本当によく言われたものだ。
ところが今では、
「こいつ、女装が趣味なんで」
「俺に女の部下はいない」
これらはここ10数年、私(女)が上司たち(男)に言われてきた言葉だ。いつの間にやら「女」属性が外されたらしい。今では誰も私に愛嬌は要求してこない。
どう変わったのかというと、実はさして変わってはいない。バリバリバリバリと働いただけだ。夜遅くまで働いて、休日出勤もやって。専門性を高めて自分を希少な存在にもした。転勤も拒まなかった。
いや、変えたところは確かにあった。怒り方は変えた。「ヒステリー」と言われないように、怒るときには主体は自分に置かず、「どうして」「なんで」などと言わず、「ここがおかしい」「こうした方がいい」と具体的に話すようにした。
ランチも女性陣とは行かず、男性陣と一緒に食べるようにした。お酒は飲めないが、飲み会にはいく。話題の方も、エロ話にスポーツネタとなんでもござれだ。
そうして男性達はだんだん私を、「女性」ではなく自分の仲間と思いだす。そこでやっと、「管理職、どう?」という話が出てくるのだ。「女装した男」になって。
ちなみに私の上司はこうも言っている。
「うちの会社に女の管理職はいない」
実際には、私を含めて5人いるのだが……。
確かにその女性たちは、歯にきぬ物言いで怖いもの知らず、体育会系底なし酒豪、妥協知らずの鬼販促、いけいけドンドンの突撃隊長……で、私。5人揃うと怖いとまで言われる。
だが、家庭のある人、子供を持つ人、恋多き人……と、仕事のフィルターを外せば普通の女性だ。みんな、仕事で認められるために、武装してきた。ところが武装した女戦士は、女らしくないといわれて嫌がられる。そこで外側ではなく、中を変えるのだ。そうして全員が見事に「女装した男」へ変身した。
ところが昨今、女性の管理職登用を増やさねば、女性をもっと活用しなければ、と、会社が急に焦りだした。理由は働き手の減少だ。管理職になりたがらない社員も多く、先行きが心配になったようだ。
そこで会社は、女性管理職を集めて、どうやったら女性が活躍できる会社になるのか、話あってほしいといった要望をしてきた。
あのー……。
私たち、「女装した男」ですよ? 聞く相手、間違ってません?
私たちがどうやって女性管理職になれたのかといえば、仕事に加えて「女装した男」を演じてきたからに他ならない。家庭があろうが子供がいようが彼氏がいようが、私たちは「女装した男」を演じてきて、プライベートがうまくいかなくなった人もいる。
それを見てきた後輩たちは、私たちの後に続きたいとは思っていない。会社は私たちのような存在を増やしたいというが、私たちは憧れられていないのだ。
「女装した男」は「歌舞伎の女形」でもなんでもない。ましてや正味の「女」ではない。単なる「女装」では何の華もない。華がないものに憧れる人がいるだろうか。
そう訴えたところ、ある男性幹部職はこういった。
「じゃあ、女性に憧れられるような管理職になればいいんじゃない?」
あのですね、こっちだってせめて「歌舞伎の女形」ぐらいににはなりたいと思ってはいるのですよ。
だけど女形というのは、それこそ女の本質を演じているから素敵なわけで、それってあなた方が一番苦手な部分でしょう?
若い女性社員には女性の顔を、男性社員には男性の顔を。
これからはそんなややこしい生き方まではもう無理だ。
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