紫色の光に包まれる娘を見て、ぼくはようやく父になった
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:三木智有(ライティング・ゼミ平日コース)
「パパさん、ちょっとわたしと一緒に娘ちゃん連れて病院まで行ってもらえませんか?」
娘が産まれて数日。妻と娘が産後入院をしていた助産院へ、産まれたばかりのかわいい顔を見に行ったら、突然そう言われた。
助産院は3階建ての一軒家で、いつもたくさんの助産師さんや家族が出入りしている。和室がベースになっている部屋はどこも温かい雰囲気で、妻子が入院していた部屋も5畳程の小さなスペースではあったがとても居心地のよい場所だった。
だけど、今部屋に妻はおらず、産まれたばかりの娘を助産師さんが抱っこしている。
「なにか、悪いことが起こったに違いない」
一瞬頭の中が真っ白になり、警告音が鳴り響いた。
「ちょっと、黄疸(おうだん)の値が高いまま下がらないので、ここじゃなくて病院で検査をしてもらった方が良いということになったんです」
僕がよほど蒼白になったのだろうか。
助産師さんは娘と一緒に僕のことも抱っこしそうな優しさで、状況を説明してくれた。
黄疸とは、身体が黄色くなる症状で新生児にはわりと多いのだが、本当にひどい場合は脳に障害が残ったりすることもあるらしい。
通常は自然と治っていくのだが、娘はあまりうんちやおしっこをせず、黄疸の値は悪くなる一方だった。
この値が高いというのは、すでに聞いていた。
だが、「自然と下がっていく子が多い」とも聞かされていたため、まさか自分の子の値が高いままになるなんて思いもしなかったのだ。
「妻は、いまどこにいるんですか?」
部屋にいなかったのでトイレにでも行っているのかと思ったが、全く帰ってこない。
病院に娘と行くのは構わないが、妻と状況を共有しておきたかった。
「奥さんはいま、シャワー浴びてもらってます。黄疸の値が高いことを伝えたらとても心配になっちゃったみたいだから、ちょっと落ち着いてもらおうと思って。…w…だから、シャワーに入っている間に連れていきます」
え? 妻は気が動転して、それを落ち着かせるためにシャワーに入ってる?
僕が来るまでの間に、どんなやり取りがあったのかはわからないが、知る限り妻は何があっても気が動転してテンパるなんてことはなさそうなタイプだ。
妻がシャワーを浴びている間に病院に向かう、と言うのは妻が娘を手放さないかもしれないから、とも聞こえた。
「じゃあ、パパさん、行きましょう!」
意を決したように助産師さんが僕に娘を手渡す。
3キロ弱の重みと、くるんでいるタオルの感触が伝わってきた。僕は自分の身体が一気にこわばるのを感じた。
実はまだ、娘を数えるほどしか抱っこしたことがなかったのだ。
顔を覗き込むと彼女は、目をつむったまま口をモゴモゴとさせていた。寝ているようにも見えるし、起きているようにも見える。でも、とにかく泣いていないことだけは確かだ。抱っこを受け取ったからには、泣かせることなく病院まで連れていかねばならない。緊張感と、不安が首筋をぞくぞくさせるのを感じた。
僕は娘をそっと抱えたまま、ゆっくりと階段を降りた。
この子を一切揺すったり、落としたり、傷つけたりしちゃいけない! そりゃ、当たり前ではあるけどとんでもないミッションを言い渡されたような気分だ。
ゆっくり、ゆっくりと階段を降り、靴を履いて外へ出るとすでに車のスタンバイは完了。
運転席から助産師さんが、
「それじゃ、パパさん乗って下さい」
と声をかけてきた。
車のドアをあけようとして、手が止まった。
「片手で抱っこして、万が一娘を落としたりしたらどうしよう!!」
いま考えれば、「そんなわけあるかい!」とツッコんでやりたいくらいだが、その瞬間は真剣にそう思ったのだ。
返って危ないんじゃないかと言うくらい、身体で包み込むようにして娘を抱えながらそーっとドアを開けて車に乗り込む。
なんとか無事に車へ乗り込んだが、病院へ向かう途中でついに娘が泣き出してしまった。
どうすることもできずに、ただ頭をなでたりしてあやしていたら、
「赤ちゃんの泣き声って本当にかわいいですよね」と運転席から声を掛けられた。
「実は、さっきうちの息子が頭ぶつけて血流してるって、夫から電話があって。いつまでもワタワタしてたから『父親だろ! しっかりしろ!』って言ってやったんですよー」と大笑いしている。もはや僕への当てつけなんじゃないかと言うようなエピソードを聞かされながらなんとか病院へ到着。
なんとか抱っこを終えて一安心したのもつかの間。
検査の結果、娘は緊急入院することになった。
娘を病院へ預け、心配な気持ちを抱えたまま助産院へ戻ると、そこにはすっかり憔悴しきった妻がいた。
「わたしも、いますぐ病院に転院する」
すぐさま転院の準備が始まった。
病院では、娘が小さな箱に入れられて紫色の光に包まれていた。アイマスクをされて紫色に照らされた娘は、日サロで優雅に日焼けしているようにも、何かの実験の被験者になっているようにも見えた。
「人生初の日サロだね」
そんなことをポソポソと言いながら、少しの間小さな娘を眺めていた。
何があっても動じなかった妻が、すっかり弱っていた。
まだひとりじゃ、寝返りすらできない娘が紫色に包まれながら、黄疸と戦っていた。
僕は、抱っこして家から出て車で病院まで送ってもらうだけで、ミッション・インポッシブルの気分だった。
「父親なんだ」
妻が妊娠中から、意識はしていた。娘が産まれた時には確信をした。
でも、この瞬間にぼくは父親であるという責任に包まれた。
抱っこでテンパってる場合じゃない。泣いたらどうしようなんて、慌てている場合じゃない。
たとえ娘が頭をぶつけて血を流しても、ぼくは彼女を助けるための最善を尽くさねばならないのだ。
その役割を、妻とともにしていかねばならないのだ。
紫に照らされた娘を見つめながら、僕はこの瞬間に父親への第一歩を、ようやく踏み出せたのだと思う。
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