数学が嫌いなので数学講師になることにした
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記事:鶴岡靖子(ライティング・ゼミ木曜コース)
私の子どものころからの夢は、学校の先生になることだった。だから、何の疑問も持たずに大学は教育学部を選び、教員免許を取った。
ご存じない方もいるかもしれないが、公立学校の教師になるには、免許を取るだけではなく、教員採用試験というものに合格しなければならない。ちなみに私が受験したのは小学校の教員採用試験なので、全教科満遍なくできないとならないわけだ。
ここで一つ問題があった。私は、高校から数学が大の苦手で、見るだけで吐き気を催すくらいに嫌いだった。当然ながら採用試験には数学の問題も出るのだが、正直なところ、数学は一問も解けなかった。いや、そもそも解く気がなかったから、手を付けなかったのだ。他の教科でその分を補えばいい、と甘いことを考えていた私は、案の定試験に落ち続けた。
落ち続けること5年。制採用になれなかった私は、産休代員などの臨時採用で教員をしていたが、30歳を目前にしてようやく
「これは、もしかしたらこのまま永久に受からないのではないだろうか……?」
と気が付いた。
気が付くのが遅いと言われるが、数学嫌いはどうにも直せる気がしなかった。しかし、このままでは、本当に一生受からずに終わってしまう。私は考えた。どうすれば、数学を本気で勉強する気になるだろうか、と。そして気が付いた。
「そうだ! 数学を仕事にしてしまえばいいのだ!」
そのことに気が付いた私は、臨時採用の任期が切れると同時に、就職活動を始めた。選んだのは塾講師、それも、数学講師の職である。
しかしここで大きな壁が立ちはだかった。塾講師の採用試験に受からないのだ。
なにせ、数学講師になろうというわけだから、当たり前だが数学の試験を受けなければいけないのだ。受けること8社。全て落ちた。(いいアイデアだと思ったのに……)仕事として数学の勉強をするために、数学の講師になろうと思ったのに、その数学講師になるために数学の勉強をしなければならないのだとしたら、数学講師になる必要がなくなってしまう。臨時採用も断り、就職もままならない。収入がなくなってしまった。お金がないと人は不安定になるものだ。この世の終わりが来たような気がした。
その時、どうせこれもダメだろう、と思いながら、最後のつもりで応募した塾から、面接試験を受けに来てくださいと連絡がきた。私は半分あきらめの気持ちでその塾に向かった。
その塾は、それまで受けた塾とは少し様子が違った。いきなり社長が出てきて、
「なんで学校の先生を辞めて塾講師になりたいんですか?」
と聞かれたのだ。
どうせ落ちると思っていた私は、正直に話した。
「数学が大嫌いなので、その数学を仕事にすれば、死ぬ気で数学を勉強するしかないから、絶対にできるようになると思ったからです」
それを聞いた社長は笑いながら
「うちは基本的に、学校の先生をやっていた人は取らないんだよ。公務員って、本気で結果出さなくてもいいって思ってる人が多いからね。でも、あなたはどうも本気みたいだね。
とはいえ、いずれ辞めるつもりの人を正社員にはできないから、契約社員で一年間、中学三年生の数学を教えてみるかい? その代わり、結果を出してもらわないと困るけども」
なんと、数学のテストなしに、一年間の期限付きとはいえ採用してくれるというのだ。それも、中三、受験生の指導。これは責任重大である。嫌いとか苦手なんて言っている場合ではない。子どもたちの人生がかかっているのだ。この期待に応えなかったら、私は人として、教育者として最低だ、と思った。
「やらせてください!」
私はその場でテキストを受け取り、その日から猛勉強を始めた。寝る間も惜しんで数学だけをひたすら勉強した。自分の受験の時ですら、あんなに勉強したことはない。夢にまで数学が出てくるくらい、問題を解いて解いて解きまくった。するとどうだろうか。見るだけで吐き気を催すほど嫌いだった数学が、だんだん面白くなってきた。生徒から質問されて、説明したことを理解してくれた時は、本当に嬉しかった。だから、ますます数学を勉強するようになった。
一年後。教えた生徒たちは見事志望校に合格した。
「先生の授業、すごく分かりやすかったです!」
と何人もの生徒から言われた。
そして、自分の教員採用試験はどうなったかというと……
あんなに受からなかったのが嘘のように、合格したのである。(ちなみに、数学は全部解けた。なぜこんな簡単な問題に手を付けなかったのだ、と思うくらい簡単に解けた。)
苦手なものから逃げないためには、自分の後ろに守るべきものを見つければいい。それは、私の場合「生徒」という存在であった。人によっては「我が子」かもしれないし「会社」かもしれない。自分が逃げたら守るべきものが傷つく、そう思ったときに、人はものすごい力を発揮する。自分のためではなく、誰かのため。それを知った私に、逃げるという選択はもうない。このライティングゼミも、教え子たちにもっともっと大切なことを届ける表現力と発信力を身に付けたくて、受講しているのだから、2000字くらい、書ききってみせようじゃないか。
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