ソウル15分間の奇跡
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:近本由美子(ライティング・ゼミ木曜コース)
「バックがない!!」
その時、全身の力がふにゃふにゃと抜けていくのを感じた。
それと同時に、一気に心臓の鼓動が高まっていく。ドック、ドック、ドック。
一気にアドレナリンが放出され、全身をめぐりだした。
アタマは真っ白だ。
その出来事は、ソウルでのショッピングのあとに起こった。
何度か訪れているソウルを友人に案内し、この日はメガネを新しくしたいという友人と南大門のメガネ屋さんを案内することになっていた。
たまたま入ったメガネ屋さんは日本に住んでいたという日本語が流ちょうな主人が対応してくれた。丁寧に私たちに似合うフレームのメガネを選んでくれ、お値打ちの買い物ができたと友人も喜んだ。
さらにお店の主人は、良い買い物をしてくれた私たちを夕飯に招待してくれると言う。
一人旅だとそんな勇気はないけれど、友人と一緒ということもあって申し出を受けることにした。
南大門の市場は、雑多なお店が1万店ほどある賑わいのある場所だ。
韓国らしさが感じられ一種独特の熱がある。
日本人の観光客とやり取りするために片言の日本語を話せる人も多い。
商魂たくましい韓国の市場の人達は、中年の私にも「オネエサン」と声をかけてくる。
男性は、「オニイサン」か「社長さん」だ。
そんな熱っぽい街の中をさんざん歩いて市場の人達とやり取りした後は、ちょっと疲れも出てきた。もともと私は人見知りなのである。
ホテルまで途中、タクシーを拾って戻ることにした。
10分ほどでホテルに到着した。私は車の左側の後部座席に座り、左側にバック、右側に買い物した袋を二つおいていた。
ホテルの玄関に近い左側のドアを開けて降りようとしたら、運転手からけたたましく右側から降りろ。と指図された。
このけたたましさは、お国柄で普通の調子なのだが、おもてなしマインドが当たり前の日本に慣れていると一瞬ドキリとする。慌てて、お金を払って右側から降りた。
そうして私は友人とタクシーを見送った。
数秒後、天国から地獄に落ちることなど思いもせず。
そしてその瞬間はすぐにきた。
「バックがない!!」
私のバックはタクシーの後部座席左側に置いたまま走り去っていったのだ。
「ど、どうしよう!!」
バックには、お財布に現金10万円ちょっととカード。パスポート。スマートホンが
入っている。
そのまま、鬼の形相でホテルのフロントに駆け込んだ。
片言の英語としどろもどろになった日本語で必死に事情を訴えた。
一気に口の中は乾ききった。
ホテルはレジデンスタイプのホテルで日本語がわかるスタッフがその時はいなかった。
それでも必死の訴えに、事の成り行きは理解できたようだが「どうしようもない」と言った雰囲気で空気は固まっている。
私に諦めろと言わんばかりだ。警察を呼ぶしかないと。
いや、バックに携帯電話を入れているのだから電話をかけてほしいと頼んでも、誰も請け合ってはくれない。
なぜだ!電話くらいかけてくれたっていいじゃないか!
私はここが異国だということをすっかり忘れてしまっていた。
そうだ、さっきのメガネ屋のご主人に話して電話をかけてもらおう!
友人の持っていた主人の名刺を見ながら震える手で電話をかけてことの事情を説明した。
「チカモトさん、バックに財布、現金入れていたなら、韓国ではもどってこないよ。
日本とは違うよ。諦めて警察官に来てもらったほうがいい。そして大使館に連れて行ってもらいなさい」
さっきまで、夕飯を食べる約束をしていたのになんとつれないことか。
万事休すとは、このことだ。
少しだけ冷静になると、顔カタチは似ていてもまったく違う文化の国なのだということを改めて知らされた。
オロオロしていると、フロントの奥から目つきがきりっとした別の女性が出てきた。
どうもこのホテルの責任者のようだった。
彼女は日本語がわかるようだ。再度事情を話し、お願いだから電話をかけてほしいと必死に頼んだ。
彼女は私の願いを聞き入れてくれた。私のバックの中の電話に電話をかけてくれた。
ツー、ツー、ツー。
応答がない。やはりもう諦めるしかないのか……。
そうこうしているうちに警察官もやってきた。海外旅行のトラブルは日本の国で起こるより、3倍増しの心のダメージだ。
もう、観念して大使館に行くしかない。と思った瞬間。
目つきがきりっとした女性が勢いよく、韓国語を話し出した。何を話しているか、誰と話しているかはわからない。
電話を切った彼女は「バック見つかりました。運転手が1時間後持ってきてくれるそうです」と落ち着いて私に言った。
今度は、別の意味で力がわなわなと抜けていった。
「ありがとうございます!」
「ありがとうございます!」何度も頭を下げた。
彼女は、警察官に無事解決したことを伝えてくれた。
今度一気に地獄からの生還だ。
彼女の機転の利いた電話のやりとりに救われたのだ。15分ほどが3時間にも思われた。
1時間後、タクシー運転手は私のバックを届けに来てくれた。決して必要以上のお礼の現金をわたしてはならないと目つきのきりっとした女性か言われていた。
それは、その女性の国に対する誇りのようなものだったのかもしれない。
その日の夜の夕食の招待は断ろうと思った。変な電話をして嫌な思いをしたかもしれないメガネ屋の主人にあやまりの電話を入れた。
それでも彼は解決したからお祝いの食事をしましょうと言ってくれた。
地元の人しか行かない美味しい庶民的な食事をご馳走になりながら、韓国人の彼もいう
「ソウルの奇跡」に友人と三人で乾杯した。ハプニングがソウルを近くしてくれたのだと思った。
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