その吹奏楽部員、楽器嫌いゆえに
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天狼院ライティングゼミ平日コース 飯川慶子
(本当に、明日こそ辞めるっていおう)
毎日帰宅するたび、彼女はそう思っていたが、言えなかった。
なぜなら吹奏楽部の顧問は“泣く子も黙る”と言われるほど恐かったからだ。
そもそも彼女が入部した理由は、吹奏楽部に入部できる権利を持つ小学校4年生のときの担任がこの顧問だったからである。
当初は全く入部する気はなかった。
しかし、進級してから1ヶ月半、来る日も来る日も
「慶子はバスクラ。 絶対にバスクラ」
と洗脳され、ついに推し負けたのだ。
しかし、彼女はこの“負け”をそこから約1年半後悔することになる。
というのも、この“バスクラ”という楽器は、彼女にとっては好きどころか憎悪の対象だったからだ。
彼女がバスクラを恨んだ理由は枚挙にいとまがなかった。
まずビジュアル。周りの友達が担当していたクラリネットやフルート、サックスにトランペットはどれもみんな華があるのに、この楽器にはない。(今ですらそう思う)
次にパート。常にベースラインばかりやらされるので、つまらない。
新しい楽譜が配られても、そこにあるのは全音符か四分音符がほとんどなので、すぐに読み終わるし、合奏していても指摘されるのはほかのメンバーばかりなのでどこまでも暇なのである。
そして音。よくいえば“浸透する”が、悪く言えば“埋もれる”ので、自分たちの演奏を聞いても自分の音が聴こえない(吹いているのに)。
そのくせ、ほかの楽器よりも肺活量が必要だったり、休みがなかったりするブラック企業仕様。さらには片付けに時間がかかるし、重いという手がかかる仕様。
むしろ好きなところなんてひとつもなかったのである。
ただただ、顧問が恐いばかりに「やめたい」を言えなかったというのだけが、彼女をバスクラに向かわせたのだ。
やることがない彼女にとって、部活の時間は「やることを見つける時間」だった。
譜面を見てもすぐに終わってしまうので、ほかのメンバーが曲に割いている時間を、基礎練習に費やした。
合奏の前になればすべてのパートが書かれた楽譜(スコア)を見て、誰がどう動いているのかを見るようになった。
合奏のときあまりにも暇だとメンバーそれぞれの癖を見つけるようになった。
「他のメンバーの息が続かない分、簡単なことをやっている自分は倍伸ばそう」
などと頼まれてもいないチャレンジをするようになった。
「周りのメンバーのテンポが遅れる分、自分はテンポ刻み込んでおくか」
と、帰り道にメトロノームを持ち歩き、それに合わせて歩くようになった。
そうして、大嫌いなバスクラと一緒に、壮大な(毎日3時間の)暇をつぶしていたのである。
そんな暇に「終わり」が訪れた……とはいっても、些細なことだ。
冬の発表会、曲のとある箇所で、ソロを吹いていたサックスのメンバーがミスをしたというだけだ。
しかし、このミスは幸いにして大きなものにはならなかった。
それは、暇人が、
「あやちゃん、ここでミスしそうだな」
と予想して、裏の伴奏で帳尻を合わせたからである。
“あやちゃん”は演奏後、泣きながら彼女に
「ありがとう、ありがとう」
と言った。
その瞬間、彼女は、そう、私は“暇人”ではなくなった。
メロディがなくとも、暇であろうと、地味であろうと……否、だからこそ、「ほかのメンバーを誰よりも救える」というこの楽器の真価を見つけたのである。
やっと見つけたこの楽器の価値を、私はどの楽器よりもかっこいいと思った。
いままで、本当に消えてしまえと思っていたバスクラへの「憎悪」は、小学校5年生の冬、一気に「愛情」へと変わった。
「好きなことで生きていく」
「好きこそがエネルギー」
今はこんなことばが流行っているが、私はそうとは思わない。
はじめから好きなこと、は実はその本当の価値に気づかないままであることも多いのではないか。
むしろ「嫌い」に真正面から向き合うことが好きの始まりであると信じている。
その吹奏楽部員、楽器嫌いゆえに好きを知る。
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