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ショコちゃんのヰタセクスアリス


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記事:澤ショコ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「あんな、あんな、ちょ~大事なことを今から喋るで」
千里がいつになく真剣な顔をした。
 
「なんやの~。千里、マジな顔してちょっと怖いやん」
 
と恵美子がちょっとたじろいだ。
 
「どんな情報なん、早う教えて」
 
と私はわくわくしながら尋ねた。
ここはH学園中学校の2年B組の教室。
夕日が差す教室でいつもの3人がひそひそ話をしている。
ちょっとおませな千里、感激屋の恵美子、詮索好きなショコこと私の仲良し3人組だ。
放課後のひととき、私たちはいつも集まっていた。
この3人はアニメ好きと漫画好きのいわゆるオタク少女だった。
当時はオタクという言葉が世間に認知しかけていた頃だったので、かれこれ35年以上前のことである。
この3人は漫画好きが嵩じて3人集まると漫画を描いていた。
特に、千里は絵が上手でコマ割りの漫画をスラスラと描いてストーリー漫画を作成していた。
あとの2人は人体の全身像を描くのすらままならないので稚拙なイラストを描きながら、時にはストーリーを考えて中二病全開の毎日を送っていた。
時にはこの年齢らしく恋バナなどもしていたが、なにぶん、当時のオタク少女といったらおぼこさ満載だったので3人とも片思いの恋に恋する少女の憧ればかりを語り合っていた。
その中で特に中二病がひどかったのが千里で、彼女の片思いの相手というのは自作の漫画のヒーローだった。
今でいう二次元にしか恋できないという奴である。
しかし、中学二年生ともなると恋バナだけでは飽きたりない。
1980年代初頭の幼い中学生相応のちょっとエッチぃ話が一番盛り上がった。
といっても、最近の中学生と違ってキスすら経験がない中学生の妄想話だったので男女の愛の営みの原理原則に対してああでもない、こうでもないと妄想をふくらまして話に興じていたといった次第である。
時には、男女ではなく漫画やアニメのキャラクターでボーイズラブの妄想すら展開していた。
そんな会話リーダーシップを発揮していたのが千里だった。
千里は3人兄弟の末っ子で上に大学生のお兄さんと高校生のお姉さんがいたので、誰よりもその手の知識があったのだ。
恵美子と私はいつも千里が展開する驚愕の知識を、一方的に教授されていた。
 
「あんな、初めての時はな、」
 
ここで千里はごくりと唾を飲み込んだ。
 
「うんうん、初めてのときはなんやの?」
自分たちが対象の話なので真剣だ。
今日もどんな未知の世界の話が千里の口から語られるのだろうか?いやがおうにも期待に胸が高鳴る。
さあ、語れ、語るんだ、千里。
 
「初めてのエッチはな、ほんまに好きな人とせなあかんのやって」
 
「……」
 
へなぁと力が抜けた。
新たなエッチの技巧的豆知識を期待していたからガッカリだった。
 
「なぁ~んや、そんな話当たり前やん」恵美子と私は同時に答えた。
 
「だって、お母さんが、昨日私にマジな顔して言ったんやって。うちのお母さんがマジな時はほんまに言うこときいといたほうがええねんで。お友達にもちゃんと伝えなさいよって言われたんやから」
 
千里は必死に言い訳した。
 
珍しく千里が真剣な話だというから何かと思ったらお母さんからのお説教かいなと少々がっくりした。
しかも、千里は私たちがエッチぃ話をこうやって放課後に展開していたことを母親に話していたらしい。
これは恵美子と私にとってはずいぶん恥ずかしい話である。
 
「千里、普通エッチって好きな人としかせえへんのとちゃうん。オスカルとアンドレかってそうやし、シャーとララァかってそうやんか」と恵美子が言い出した。
 
「まあ、アントワネットとルイ十六世は政略結婚やから好きな者同士ちゃうわな」と私
 
「それは結婚やん。ベルバラではアントワネットとフェルゼンが結ばれてたやんか。結婚しても絶対に好きな人と結ばれるようになっているんやって」
何かと認知がゆがんでいるようだがロマンチストな恵美子らしい返答だ。
 
「ええ~千里、いくらなんでも初めてのエッチは絶対好きな人とするもんやろ。なんでお母さんそんな事を言うん?」
と私は尋ねた。
 
「それはな、お母さんが、『千里、大事なことを教えたける。初めてのエッチの時はな、本当に好きな人とせんといかんで、そうせえへんかったら一生後悔するんよ』って何べんも言うねんで。お母さんはあんな真剣な顔を滅多にせえへん。あれは絶対に本当なんや」
 
千里は母親の洗脳にかかったように、「一生後悔する」というセリフを念仏のように繰り返した。
 
下衆な私は千里のお母さんって、初めてのときは好きな人とせえへんかったんやろうか?もしかして千里のお父さんはお母さんの思い人じゃなかったのかな?いや、それともお父さんの前に好きでもない人に捧げちゃったんだろうか?とぐるぐる妄想が展開していった。
 
そんながっかりした千里の「ちょーマジな話」だったが、一方で当時の少女漫画の既定路線と同様に自分たちも本当に初めてのエッチは本当に好きな人とするというのは単なる思い込みだと知らされたのだった。
私は参観日に千里のお母さんに挨拶する度に
「本当に好きな人と初めてのエッチせえへんで一生後悔してはるんやなぁ」
と考えてしまうようになった。
 
それから高校生になり千里と恵美子とは理系文系の進路で別れてしまった。
そうこうしている時に私は、好きな人ができた。
相手は大学生で、最初はさほど惹かれていなかったが私の話を興味深そうに聞いてくれて話題も豊富。
私の興味があることもよく覚えていてくれ、とにかく私を居心地よくさせる天才のように感じた。
父はワーカホリックな開業医だったので子供のころからあまり一緒に遊んだことがなく、自分の機嫌を上手にとってくれる男性は初めてだった。
今思えば、チョロい女だったのだ。
2‐3回目のデートでファーストキスをした時は有頂天だった。
ただ、気になったのは少女漫画のように相手からも自分からも「付き合ってください」という宣言をしていなかったので真にステディな関係なのかさっぱりわからなかったことである。
そんな曖昧ながらも甘い関係を楽しんでいた。
ファーストキスの後の2回目のデートの時、キスをしていたら相手の手が胸に伸びてきた。
ちょっと、それは心構えができてない。
相手の手を何度かのけていたら奴がとんでもない事を言った。
 
「ショコちゃんも本当に好きな相手ができたら、どうせ同じことをするんだからさ」
 
はぁ、本当に好きな相手ってあんたやん。何言ってんねんこいつ。
カッと頭に血が昇って相手をはねのけた。
 
「私の本当に好きな相手っていうのは悟、あんたのことやねんけど!」
 
「え、何言ってんの。俺、この前話たやん。春に偶然スキー場で高校時代の同級生に会ったって。写真も見せたやろ。あの娘が本命。ショコちゃんは医者の娘やからどうせ医者と結婚するんやろ。医学部志望やし」
 
「なんですと、じゃあ私とは遊びのつもりでつきあっとったんか!」
 
目の前が真っ暗になった。
一通りの口論ののちに別れ、この相手とはその後逢うことはなかった。
本気で恋愛していると思っていたが相手からは遊びと思われていたという事はひどく私を落ち込ませた。
不幸中の幸いだったのは相手がうっかり暴露したためこちらの心も体もこれ以上もてあそばれることはなかったことだ。
これか、こういうことか。
初めてのエッチは本当に好きな人とせなあかんって。
それは相手も私のことを好きでいて大事に思ってくれてないとだめやって。
雰囲気に流されて恋した気分になることが本当にあるってことやな。
ほんま危なかったわ。「一生の後悔」をするとこやった。あんな男になんか捧げとったら最悪やった。
千里、それと千里のお母さんありがとう。
本当に好きな相手ってどういうことか分かった。
自分も相手も互いに尊重できる相手ってことやねんな。
こんな事、うちのお母さんはここまで具体的に教えてくれへんかった。
ただの型どおりの親の説教としか思ってへんかった。
このとき、初めて千里のお母さんが恥をしのんで自分の娘だけでなく、その友人である私をも守ってくれたことを実感した。
 
自分を大切にする。
こんな当たり前と思っていたことが迂闊な行動で一瞬にして崩れてしまう。
そんな落とし穴から救ってくれた友人のお母さんの言葉に今も深い愛情を感じている。

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2018-11-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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