お寿司屋さんとキティちゃんのボールペン
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:望月祥子(ライティング・ゼミ平日コース)
ちょっと子供の時のことを思い出してみて欲しい。
例えば入学式やお誕生日、進学祝い。あなたはどこで誰と過ごしていただろうか。そしてどんな食事をしていただろうか。
私は小学1年生になると同時に新しいマンションに引っ越した。私だけの学習机に本棚にベッド。自分だけに与えられた部屋は何より特別だった。
引っ越したマンションから少し歩いたところに回転しないお寿司屋さんがあった。入学式、お誕生日、ひな祭り。はじめて25メートルをクロールで泳げた時。両親はいつもそのお寿司屋さんでお祝いをしてくれた。
そこは夫婦2人でやっていて、私はいつもおじちゃん、おばちゃんと親しみをこめて呼んでいた。
どきどきしながらカウンター前の椅子に座って
「エビをください」とか「たまごをください」と注文していた。まだまだ子供だけれど、その時だけは大人の仲間入りをした気分だった。
いつも私が注文をすると、おじちゃんは清潔なアイロンがかかった白い服の胸ポケットからあるものを取り出した。それはキティちゃんのボールペンだった。
注文するたびにキティちゃんのボールペンが目の前にあらわれる。
カチッという音とともにキティちゃんが揺れる。そして注文を紙に書いていく。それをみるのが楽しかった。
回転しないお寿司屋さんで私が過度に緊張しなかったのは、キティちゃんのボールペンとおじちゃんとおばちゃんの気さくな笑顔があったからだと思う。
そのお寿司屋さんは、私にとって自分の部屋と同じくらい特別な場所だった。
私は高校生になると電車通学になった。時折会社に行く母と駅までかけっこをして競争した。ローファーの女子高校生の私がハイヒールの母に勝てなかったことは今でも心残りだ。
駅に行く途中におじちゃんのお寿司屋さんはある。
朝から自分のお店の前や近所を掃除しているおじちゃんは、かけっこして競争している私と母を見て笑いながら
「行ってらっしゃい」と言ってくれた。
相変わらず望月家のお祝いごとは、そのお寿司屋さんで過ごすことが恒例行事だった。
高校を卒業して看護学校に進学し、私は看護師になった。
国家試験に合格し就職する病院が決まった時に
「もらったお給料でおじちゃんのお寿司食べにくるからね」
そんな話をしながら両親が合格祝いと就職祝いをしてくれた。1年に何度も行く場所ではないけれど、相変わらずおじちゃんもおばちゃんも優しかった。
そして看護師として働きはじめて数年後。職場ですごく嫌なことがあった。その日は夜勤終わりでお昼の時間を過ぎていた。自分を元気づけたくて美味しいものが食べたい、でも知らないお店には行きたくない。そう思った時にある人の顔が浮かんだ。
お昼の2時を過ぎていた。きっともうランチは終わっているよね、だって暖簾が出てないし。と思いながらドアを開けた。
「今日はもう……」
という声の続きは「あ、しょうちゃん。どうしたんだよ。そんな暗い顔して」だった。
胸元には相変わらずキティちゃんのボールペンがある。
優しい声に耐えきれなくなった私は
「どうしてもおじちゃんの握ったお寿司が食べたくなった」
そう言った瞬間目から涙がでた。
隣にはお弟子さんがいたけれど、おじちゃんが
「しょうちゃんのご指名だからな」
と言ってお寿司を握ってくれた。
丁度握っている時に買い物から帰ってきたおばちゃんが、お店のドアを開けて驚いていた。きっとランチの営業が終わっているのに私がいることに驚いたんだろう。それにしてはすごく驚いていたけれど。
おばちゃんは私の隣に座って、
「しょうちゃん大人になったわねー。仕事で泣けるなんて頑張っているからよ」
そう励ましたくれた。ボーナスがでたらまた食べにこよう、そう思ってその日は家に帰った。仕事であったすごく嫌なことはいつのまにか和らいでいた。
それから数ヶ月後。おばちゃんがなんであんなに驚いたのか私は知ることになる。
ボーナスがでて、私はまたおじちゃんのお寿司屋さんに行った。ドアを開けたらそこにはお弟子さんとおばちゃんがいた。
「あれ?」
と思った時目に入ってきたのはおじちゃんの写真だ。お店の上のほうにあの清潔なアイロンがかかった服を着て写っている。
おばちゃんが
「しょうちゃん、いらっしゃい。あの人ね、亡くなったの。病気でね。もうお寿司は握れないから弟子に全部教えるって言ってね。しょうちゃんが前にお昼に来てくれた時、あの人がお寿司握っていて驚いたの。まさかまたお寿司を握るなんて思わなかったわ。ありがとうね」
あの日本当はお昼の営業は終わっていたはずだ。そしてもうお弟子さんに任せてお寿司は握らないと決めていたはずだ。それなのに、じゃあ今すぐ元気になるお寿司握ってやるからなと私を迎えてくれた。
お弟子さんが教えてくれた。
大将は小さい頃からずっと通ってくれている女の子のお客さんがいるって前から話していました。大切な行事の時にはいつもこのお店で過ごしてくれているって。
最後にその子にお寿司が握れるなんて、この仕事って幸せだよなって。
泣きそうな私の前に見慣れたものが目に入る。
お弟子さんの胸元にはおじちゃんが使っていたキティちゃんのボールペンがあった。
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