0.5合の贅沢
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:奈良坂愛美(ライティング・ゼミ日曜コース)
世の中、贅沢と言うとまるでそれが悪いことのような非難の目を向ける人たちもいるけれど、せっかく頑張って毎日を生きているのに何故贅沢の一つ二つが許されないのか理解が出来ない。それに高級車を買ったり、ブランド品を買い漁ったり、高級ディナーに連日行くだけが贅沢ではないと私は思っている。大好きな映画を観たり、居酒屋でお酒を飲んだり、欲しかった物を買ったり。ささやかな事でもそれらは毎日頑張って働いている自分へのご褒美。ちょっとした贅沢。そんなご褒美があるからまた明日頑張ろうと思えるのだと思う。
そして私は、実は毎日贅沢をしている。
それは炊きたての白いご飯。
仕事に疲れて料理をする気力の湧かない独り身の私が夕飯の食卓に並べるのはスーパーで買ってきたお惣菜とお湯を注ぐだけのインスタント味噌汁。去年の冬まではそこに電子レンジでチンした冷凍ご飯を一緒に並べていたのだけれど、ある日、新しい炊飯器を購入してからその食卓は変わった。
激変した。
冷凍ご飯が炊きたてのご飯に代わっただけなのに、それはまるで、着慣れた洋服に新しい洋服を取り入れて新鮮さを取り戻した新しいコーディネートのようだった。ウキウキする、ワクワクする。モクモクと湯気を立てる炊きたてのご飯がお惣菜もインスタント味噌汁もご馳走に変えてしまうのだ。
私は正直、冷凍ご飯やスーパーで売っている真空パウチに包まれたご飯も苦手だった。もちろん冷凍ご飯やパウチのご飯の利便性は知っている。長期期間の保存が出来て、温めればすぐに食べられる。忙しさに追われる現代人のいざという時の頼もしい味方だ。仕事でヘトヘトになって帰ってきた独り身の彼、彼女があらかじめ用意しておいた冷凍ご飯やらを電子レンジでチンをして、買ってきた出来合いのおかずと共に「いただきます」をすれば無事夕飯にありつけるようにしてくれる。言わば救世主のような存在。それが冷凍ご飯でパウチのご飯だ。
それを分かった上で、私自身も何度かその救世主に助けられた上でもう一度言うけれど、私はそれらが苦手だった。
仕事で疲れて帰ってきて、買ってきた出来合いのおかずとあらかじめタッパー容器に詰めて冷凍しておいたご飯を電子レンジでチンしてテーブルに並べて「いただきます」をする。そこに私が抱く感情は『無』。
美味しそうなんて感情は湧かず、目の前にあるのはただの食べ物で、お腹を満たす物にしか見えない。
なんだか味気無いのだ。
味が付いている料理を前にして何を言っているのかと思われるかもしれないが、それは舌の問題ではなく気持ちの問題である。
毎日頑張っているのに出来合いの物しか用意できない虚しさ。
それに気付いた私は家にある鍋を眺めた。何故鍋を? と思われるかもしれないが実は私はご飯を鍋で炊いていた。実家でも鍋で炊いていたから炊飯器という未来道具とは何年も無縁な生活を送っていたのだ。そしてこの鍋。2合からなら上手く炊けるが、それ以下だとどうにも上手く炊けない。「お前が炊くのが下手くそだからだろう」という煽りは聞こえないことにして、ともかく、2合以下が炊けないのだ。私は大体1食お茶碗1杯分のご飯を食べる。つまり一回の炊飯で3食分以上のご飯が炊けてしまうのだ。1食分を食したら残りはタッパー容器に詰めて冷凍庫へ。そして次の日はそれを電子レンジでチンしてテーブルへ。その繰り返し。実に味気ない日々だった。そんな毎日を過ごしているせいなのか、何だか精神的に元気も出なくなり、自分は何のために仕事を頑張っているのかも分からなくなっていった気がする。たかがご飯と思うかもしれないけれど、毎日食べるものだからこそ水面下でストレスが溜まっていったのだと思う。
そして、そんな味気ない心の悩みを解決してくれたのが、生活雑貨専門店で運命的な出会いを果たしたこの『0.5合から2合まで炊ける炊飯器』だ。
0.5合。それは丁度お茶碗1杯分の量。
よく食べる人からすれば少し少ない量だろうけれど、私にはぴったりの品物だった。炊飯所要時間も15分と短めで、価格も安価。友人からは「今ご飯炊けているのに新しいのを買うの?」と疑問だか非難だかを貰ったけれど聞こえない。だって何を悩む必要があるのだろうか。
即決購入。
私はこうして贅沢を手に入れた。
仕事から帰ってきてお米を0.5合分炊飯器に入れてスイッチを押す。炊飯器が音を立てて働いている間に私は化粧を落としたり、インスタント味噌汁を用意したり、買ってきた出来合いのおかずを温めたりして過ごす。15分後、ピーッピーッと私を呼ぶ声に近寄って、その蓋を開けてやれば白い湯気の奥からふんわりと膨らんだ美味しそうなご飯が私を見つめ返してくれる。それをお茶碗によそってテーブルに並べれば立派な夕飯だ。
「いただきます」
お惣菜の味がご飯に絡まり箸が進む。お茶碗から手の平に伝わるご飯の温かさにホッとする。ご飯が味噌汁で解けて一粒一粒の食感が口の中で踊る。
ああ、美味しいなあ……。
たかがご飯かもしれない。
けれどその『たかがご飯』さえ自分のために用意してあげられない虚しさはもう味わいたくない。
炊き立てのご飯が教えてくれた贅沢は私のお腹も心も満たしてくれた。
たかがご飯かもしれない。
けれどそれは私にとって美味しくて暖かい贅沢。
だから私は毎日こうして贅沢するために明日も頑張ろうと思う。
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