今日も僕は平和のために戦う
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:和田恭子(ライティング・ゼミ日曜コース)
「かっわいい!」
語尾にハートがついているのが見えそうな歓声、またはついこらえきれずに口から洩れてしまいましたというような呟きが耳に入り、私は「うんうん、知ってる。良く言われるよ」と心の中で頷きながら、胸を張って足を進める。
うぬぼれでも妄想でもなんでもなく、実際に「かわいい」という言葉は1時間ほどの散歩中に何回も耳にする。あまりに聞きすぎて、たまに気付かずスルーしてしまうくらいだ。
ただし、相手の視線は私ではなく、地上から20センチくらいのところに向けられている。
ただ歩いているだけで周囲を笑顔にしているのは、実家で飼っている柴犬だ。11歳のオスで、人間だと何歳くらいかを計算する方法には諸説あるものの、シニア世代であることは間違いない。茶色の中に白い毛がかなり増え、片目はやや白濁しているし、足腰も弱ってきている。
それでもまだまだ衰えないのが食欲で、とにかく美味しいものをたくさん食べたい犬と、弱ってきた身体に負担をかけないよう体重をコントロールしたい飼い主との間で飽きることなく戦いが繰り広げられることになる。
昔と違ってボールやロープ、他の犬との追いかけっこといった遊びに興味を持たなくなった分、彼の食への執着は凄まじく、起きている時間は、ほぼ「いかにニンゲンから食べるものを勝ち取るか」に費やされていると言っていい。欲しい物を口に入れることが出来れば、彼の世界は平和なのだ。
彼の体内時計は非常に正確で、毎日決まった時間になると現れて、視界に入る場所に座る。
飼い主がテレビに夢中になっていたりしてすぐに気付いてもらえないと、じりじりと前進して近づいてくる。それでも駄目な場合は、膝のあたりやふくらはぎなどを、鼻でちょんとつついてみる。
吠えると飼い主の機嫌が悪くなって食べものが遠のくことは分かっているので、基本的に声は出さない。出す場合は「くう~ん……」という悲しげで小さな鳴き声だけで、哀れに思った飼い主が詫びの代わりにトッピングを増やしてくれることなどを狙っている。
また、人間の食べものにも興味があるし、食べたことのある一部の食品は大好きだ。
人間の言葉をある程度は理解しているので、彼に聞こえる状態で何を食べるか話していると、すぐに飛んでくる。大きな声でもないのに、気が付くと足元でお座りをして、うるんだ瞳でじっと人間を見つめている。
飼い主としてもパンやご飯をブレッドやライスと言い換えるとか、犬も入れるお気に入りのカフェはイニシャルでしか呼ばないとか、音に出さずジェスチャーや口パクで何を食べるか相談するとか、なんの修行か分からないような策を講じているのだが、ちっとも効果がない。
へたすると、一人しかいない時に「肉まん食べようかな」と思って立ち上がった時には冷蔵庫の傍にいたりするので、人間の『食べよう』という意思や脳内映像を受信する能力があるとしか思えない。
そうして自分も味わいたい何かが置いてあるテーブルの近くに来ると、彼は持てる全ての技術を使って人間にそれを分けてもらうおうとする。
今まで生きてきた中で彼もいろいろ学んでいるので、怒られるようなことは絶対にやらない。「ニンゲンがカワイイと言った」ことをやってみせたり、「可哀想に」と思ってもらう方向で戦いを仕掛けてくる。
そっと足に手をかけるとか、座った膝のところに顎を乗せて首をかしげてみるとか、ぴたりと腿に寄り添って涙を浮かべた瞳で見上げてみるとか、一声キュウと鳴いてみるとか、背後で大きなため息をついてみるとか。
それでも希望がかなえられないと「もうおまえのことなんか嫌いになっちゃうぞ」とばかりに尻を向けて伏せ、名前を呼ばれても反応しないとか。
時には、クッションを前足でバリバリと掘ってみせたりもする。怒っているアピールなのだが、本気ではない証拠にたまに横目で人間の様子を窺っていて、予想外に目が合うと慌てて視線を逸らして掘るのを再開したりしている。
そこまでしても飼い主が陥落しない日もある。すると、彼はしょんぼりと肩を落として(そう見えるのだ!)何度も振り返りながら廊下の方へと消えていく。『とぼとぼ』としか形容しようのないその姿を見てしまったら、だいたい飼い主は敗北する。
誓って言うが、迎え撃つ飼い主側としても頑張ってはいるのだ。
その場で彼を喜ばせたとしても、むやみに太らせたら歩けなくなったり関節痛などで苦しむのは彼だし、心を鬼にして拒否し続けようと、たとえ嫌われることになっても与えすぎないようにしようと、努力はしている。
ただ、戦利品をむしゃむしゃと満喫している彼の顔があまりに幸せそうで、見ている人間の方まで平和な気持ちになってしまうので、ついつい心の鬼もほだされてしまうのだ。
月に1度の獣医通いで「この年齢ですし、体重をもう少し減らさないと……」と注意されては「おやつは減らそう」と誓うのだけれど、意志の弱い飼い主は今日も彼の全力の攻撃に負けては、その平和な笑顔に癒されている。
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