なんかズレた「死」のハナシ
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:岡本 修 (ライティング・ゼミ平日コース)
あれは2000年代に入って間もないぐらいのことだった。
「肺に影があります」
医者は一枚のレントゲン写真に写る白いボヤっとした部分をおもむろに指差し私に言った。
「7割の確率でサルコイドーシス、2割の確率でガン、残りの確率はその他です」
私は茫然とした。
健康診断で引っかかったのは初めてことだった。それまでなんの症状もなかったのに。運動もしていたのに。適切な食事も採っていたのに。
その引っかかった一発目がサ、サル? なんだ? サルコイドーシス? それじゃないとしても2割の確率でガンやなんて。俺まだ20代やで! まだまだやりたいことあんで! やり残したことあんで!
「肺のリンパが腫れているように思えます。サルコイドーシスとは原因不明の肉芽腫性疾患で、特定疾患です。腕に肉芽腫というデキモノができたり、視力が低下や、全身の症状では咳や息切れなどがあります。特定疾患なので根治療法はないんですが、ほとんどが自然治癒するか、治療をしながら、普通の日常生活を過ごすというような病気です。まずは精密検査を受けましょう。大丈夫です」
医者は不安を抱く私をなだめるように話しをしてくれた。
私は気を取り直し、数日後に検査入院をした。
検査の結果はサルコイドーシスであり、考えによって肺ガンではなかったので安心した。
(とは言え、気管支鏡を肺に突っ込んだときの苦しさは今でも忘れない!)
私は思った。
何のために働いてきたのか。
何のために生きてきたのか。
誰のために生きてきたのか。
今日まで
お客さんのために尽くしてきた。
成績を上げ、お給料を稼いできた。
でも、
このまま寝たきりになる、または死んでしまったら私はできなかったことを後悔しながらこの世を去ってしまうのか。
そんなことはまっぴらごめんである。
自分のために生きよう!
学生時代から念頭にあった「企業戦士」からの解放された瞬間だった。
じゃあ、仮に余命1年と考えた場合にやりたいことって?
自分に問うてみた。
結婚……
いやいやいや、眼中にない。私はもっと自由に羽ばたきたい。むしろ翼が欲しい。たとえ結婚したとしても未亡人を残すのかよ!
やっぱり男だから酒池肉林の……
いやいやいやいや、そんな甲斐性はないし現実的ではない。
考えだしたら現実的なことから非現実的なものまでポンポンポンポン! と湧いてくる妄想の日々である。仕事の目標を考えることも大事だが、これはそれよりも重い「死」に対するテーマなのだ。
欲しいものは名声でも名誉でもない、豪遊したいわけでもない。思い浮かびはするが、当時の私の心にグサっと刺さるものがなかった。
仕事が辛いながらも人との縁に恵まれ、それまでの生活に満足していたからなのか。
それとも「欲」がないからなのか答えを見つけることができなかった。
そんな妄想(妄想癖と言っていいかもしれない)を考えながら私は営業活動をしていたある日、カーラジオからすごく可愛らしい歌声と心地よいメロディが流れてきた。そしてその歌唱力が脳裏を突き刺した。乙女心を上手く表現した歌詞も絶妙だった。曲が終わって妙に余韻がある。DJがあらためてその曲と歌手を紹介した。
え?
誰?
初めて聞く歌手の名前だった。
デビューして間もないらしい。その歌声は私の好奇心に火をつけた。時代は今のようにすぐにon air listで検索できる時代ではない。私はすぐさまメモをとり自宅に帰ってパソコンに電源を入れメモに書いたことを入力した。
ISDNを経て降りてくる情報が徐々にモニターに明らかにされる。
そしてホームページが開いた。
「か、かわいい」
その可愛さは私にとって衝撃的だった。そしてあの歌をあの歌唱力で、その年齢で歌えるのか。「アイドル」なのに!
私はISDNの重さに耐えながらも調べに調べた。そのアイドルは大物のアーティストがプロデュースしているらしい。アイドルなんて学生の頃にちょっとかじった程度なのに、この子はすごく気になる。価格破壊ならぬ「価値観破壊」だ。私は思った。アイドルの、いや、この子のコンサートに行きたい!
私はそれまでコンサートというものに行ったことがなかった。何千円もするチケット代を払わなくてもCDで聴いているだけで充分だと思っていたし、ましてや歌番組で見かける「L・O・V・E・! 〇〇ちゃ~ん!!!」という野太いコールを送る人たちは別次元の人間だと思っていた。でも友達から「昨日、〇〇のコンサートに行ってきてん! やっぱり生はいいよ~♪」と熱く熱く力説するもんだから気にはなっていた。でも、初めて行くコンサートがいくつも年の離れたアイドルのコンサートやなんて。恥ずかしくてすごく抵抗があった。それでもその壁を残り越えてでも行きたい。会いに行きたい!
そんな欲望に悶々としていたある日、いつものラジオ局からそのアイドルのコンサート先行予約の案内が始まった。今応募しなければきっと後悔する。床に伏したままそんなことを思うのはイヤだ。一度はコンサートホールの雰囲気を味わってみたい。行ってしょうもなかったら笑い話にすればいい。何事も経験だ。
私はクルマを止め即予約の電話をした。人生初のチケット確保である。
人生に締め切りをつける、
死と向き合うということは、
私自身がどのように生きていきたいか考えるには欠かせないものだと思うようになった。
そして、社会人になってもアホなことやってええやんって思えるようになった。
当時、生真面目にがむしゃらに働いていた私にとって健康診断での引っかかりは大きな気転となった。
星のように彩るサイリウム、そして会場を埋める野獣たちの野太い声。
これからコンサートと
私の新しい世界(ファンタジー)が始まる。生き生きとした桃色の世界が。
「じゃ、行くよ! 1! 2! 3! Yeah!」
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