メディアグランプリ

真昼のフードコートで自分の闇を見た


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:和田恭子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「るっせーな、まだこいつが食ってんだろーがよ」
荒っぽい言葉が聞こえて、なんとなく周囲がしんとなる。
つい声の方角に目をやると、20代半ばくらいだろうと思われる男性3人がラーメンの丼を目の前に座っていた。3人とも髪はガチガチに固めて立てていて、1人は赤、1人は緑、1人は金色だった。全員の耳にはごついピアスが10は刺さっていて、うち2人は鼻にもボルトみたいなものが埋め込まれている。
怒鳴られたのは、大学生くらいのカップルで、きまり悪そうにそそくさとその場を立ち去ってしまった。
見ると、2人は完食していて、1人だけ、ほとんど残っていない汁の中にナルトが浮いていた。食べている、と言っていいのか微妙なラインだ。
私は、あのカップル、よくこんな3人に声をかけたなあ、と感心するというか、呆れていた。食べ終わっているなら席を譲ってほしいとでも言ったのだろうが、私だったら、声をかけるより黙って立って待つ方を選ぶ。どう考えてもさっきみたいに怒鳴られるとか、面倒なことにしかならないからだ。
 
この日は久々に晴れて、気温もそれほど低くないお出かけ日和の日曜日。
しかも、ちょうどお腹が空く時間帯のフードコートとあって、なかなか前に進めないほどの混雑だった。
先に席を取っておけば良かったのだが、私と友達親子は既に食べ物を買ってトレーを持っていたので、余計に身動きが取れなかった。どこかが空いても、人混みをかきわけてその場所にたどり着く前に誰かが座ってしまう、というのを何度も繰り返していて、子供だけではなく、大人である私達も疲れ始めていた。
 
「ったく、混みすぎじゃね?」
「どいつもこいつも天気いい休みにこんなところでメシ食っててさー、暇なんじゃねーの」
「まあ俺らも人のこと言えねーけど?」
ぎゃはははは。
三人連れは、トレーを手にした人たちが周りを右往左往していても構わず大声で話し続け、自分達の話に大笑いしている。
暇だと思うなら、そしてほぼ食べ終わってるなら、そのナルトを口に放り込んで立ってくれないか。
席を探している多くの人がそう思っていただろうが、彼らの外見に恐れをなして、口に出すものはいなかった。
 
あちこちに目を配って動き回るものの、席はなかなか空かず、荷物とトレーを持って立っているのも疲れて来た。トレーに乗せられた食事はすっかり冷め切って、あんなに美味しそうだったのに、あまり食欲も湧かない。もう今は、食べるより座りたい。
そう思っているのは大人ばかりではなく、遂に子供が少々ぐずり始めた。
「ねえ、まだお席あかないの?」
「そうね、皆まだ食べるの。もう少しだけ我慢してね。いい子だから」
お菓子の力も借りて必死でなだめるが、お腹もすいて、くたびれた子供は泣きそうな顔になっている。
もう、諦めて大人はどこかで立ったまま食べ物を流し込んで、子供には別のものを改めて買うか?
そんな相談をし始めていた時。
 
「ちょ、こっち来てください!」
不意に肩を叩かれて、びっくりした。
振り向くと、さっきの怖い3人組の1人、赤い髪の人がいて、もう1度びっくりする。
「え、な、なんですか?」
「俺ら、もう食い終わるんで、こっち座って下さい!」
見ると、金髪の人が最後に残ったナルトを口に投げ込んでいるところだった。緑の人は、自分と赤髪の人のトレーを手早く重ねてどけると、ポケットから出したハンドタオルでテーブルをごしごし拭き始めた。
「え、でも……」
「ほら、他の奴に取られちまう前に早く!」
手に持ったトレーをひったくられるようにして奪われ、慌ててついていく。赤髪の人がトレーを置いた場所に行くと、机も椅子も綺麗に片付けられていた上、金髪の人が周囲の人が座らないよう睨みをきかせてくれていたので、我々3人はゆっくり座ることができた。
「ありがとうございました。綺麗に掃除までしていただいて」
友達と一緒に頭を下げると、3人ともいやいや、と照れくさそうな顔をした。更に子供も遅れて「ありがとうございます」と頭を下げるのを見て、赤髪の人がとても優しそうな笑顔になった。
「実は、うちのがこれで」
お腹の前で、手で大きく弧を描く。妊娠している、と言いたいらしい。
「男の子らしいんで、その子みたいに、ちゃんと礼と詫びだけは言える子にしたくて」
そして、はっと我々の顔を見て、「なに言ってんだかな」と頭をかくと、仲間と一緒にトレーを持ってその場から去って行った。
 
いい人達だなぁ、と感謝すると同時に、私は深く反省した。
あまり偏見はないつもりでいたのだが、思い切り見た目で判断して、勝手に怖がって遠ざけていた。「なんて無謀な」と思っていたけれど、彼らに声をかけたカップルの方が、よほどフラットな価値観を持っているではないか。
そして、自分に偏見があることにすら気づいていなかったのが、一番恐ろしく感じた。
意図的に差別しているのなら、それをやめればいいが、気付いていなければ対策を取ることすらできない。悪意はなくても、周囲の誰かを傷つけてきたのかもしれないと思うと、ぞっとした。
今まで生きて来た中で根づいてしまった偏見は、そう簡単には取り払えないかもしれないが、「私は何も偏見はない」と断定することだけはやめようと、自分のものの見方を疑っていこうと、心に決めた。
 
 
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2019-01-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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