反省する時、私はいつもゲーセンに行く
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:春眠亭あくび(ライティング・ゼミ 平日コース)
「なんかさ、パワーが落ちたような気がするんだよね」
今期の成果面談で、部長にこう言われた。
「パワー、と言いますと?」
「前はさ、もっとみんなを引っ張ってってくれてたと思うんだ。そういうパワーが君にはあったし、だから君を評価してるんだ」
部長はオブラートに包みながらも、きちんと私に伝えてくれた。
「それでも他の人に比べれば、断然君には誰かを引っ張るパワーがあるんだけどさ。でも、昇進なんかを考えていけば、それを対外的にもっとアピールしてほしいんだよね」
なるほど、さすが偉くなる人は違う。
私のサボリを見事に見抜いていた。
ああ、ダメだダメだ。
周りに気付かれるほど、消極的になっている。
反省しなければ。
こんな時、私が行くところはいつも決まっている。
飲みに行くでも、旅行に行くでもない。
100円を握りしめて、薄暗いゲームセンターへ向かうのだ。
昔から運動神経がすこぶる悪かった。
テレビで、運動神経の悪い芸人を集めて笑っている番組を見たが、私はあまり心の底から笑えなかった。
野球をすればフライをキャッチできない、サッカーをすればパスを受け取れない、テニスをすればサーブがひとつも入らない。
誤解を恐れず偏見を言うならば、小学校から中学校にかけては、ほとんどスポーツができるやつの独壇場だ。
とにかくスポーツできる人はヒーローだった。
尊敬を一身に集め、いつもクラスの中心にいる。
ガリ勉の私はいつも、ヒーローである彼らを歯ぎしりしながらにらみつつ、ひたすら漢字のマスを鉛筆で埋めていた。
そんな私でも、勉強以外で唯一彼らに勝てるものがあった。
それがゲームだ。
特にゲームセンターのゲームは、家庭用のものよりも画質が綺麗で迫力があり、当時の男子は例外なく心を奪われた。
私はその中でもとにかく対戦格闘ゲームが好きだった。
左側にレバー、右側にボタン。
レバーとボタンの組合せで、次々に多彩な技を繰り出すことができた。
運動神経が悪くても、指先さえ動けばそれなりに戦うことができた。
母親が買い物に行くときは必ずついていき、100円を握りしめてゲームコーナーで遊んだ。
知らない人と、しかも年上と戦って勝ったときの高揚感と言ったらたまらなかった。
ゲーセンの魅力に取り憑かれ、四六時中レバーとボタンのイメージトレーニングに励んでいた。
高校、大学とゲーセン通いは続いた。
馴染みのゲーセンでは、店員とも仲良くなった。
しかし社会人になってから、ゲーセンが遠のいた。
忙しかったのはもちろんあるが、一番の理由はゲーセンが次々に潰れていったことだ。
昔は各駅に2つ3つはゲーセンがあった。
今はほとんどない。
昔はゲーセンでないとできないゲームがあったが、今はすぐ家庭用で発売されてしまうから、ゲーセンに行く意味が無いのだと思う。
生き残っているゲーセンの多くは大手で、女性客をターゲットにした景品を取るプライズゲームが主力だ。
あの薄暗く、ヤニ臭く、それでいてフツフツと闘志がこみ上げてくるような、あの頃のゲーセンは廃れていった。
あるとき、仕事でめちゃくちゃ嫌なことがあった。
理不尽な口撃を受けた印象で、とにかく落ち込んだ。
帰宅するのも億劫で、なんとなくターミナル駅をブラブラ歩いた。
その時、ぽつんとある、古くさいゲーセンを見つけた。
「え、このタイプのゲーセン、まだあるの?」
半信半疑のまま、中に吸い込まれていく。
店内は、昔私がハマった、いわゆるレトロゲームがたくさん置いてあった。
微妙に安い自販機、すこし汚い便所。
そして、会社帰りのサラリーマンや大学生たちが、いまでも対戦に興じていた。
自分の中で何かが震えた。
こんなゲーム不況の中でよくぞ。
目頭が熱くなる。
すぐに財布から100円を取り出し、台の前に座る。
久しぶりの対戦。まだ体は覚えているだろうか。
コインを投入して、スタートボタンを押す。
「Here comes a new fighter!」
店内に大きく音声が響き、周りの空気が少しぴりつく。
ここは久しぶりだし、主人公キャラを使おう。
始まったぞ。まずは後ろに飛んで間合いを取ろう。
そして、飛び道具!
とにかく飛び道具を打つ!
そして相手がジャンプしてきたところをすかさず対空技!
よし、まだ覚えてるぞ。
ぬ、相手もやりこんでるな。
ガードの揺さぶり方がうまい。
あ、このコンボうまいな、やるな。
畜生、負けるぞ。
頑張れ。
そうだ、もっとだ。
消極的になるな。
最後まで頭を使え。
そうだ、お前ならできるだろう。
あれから私は、仕事で反省することがあると、ゲーセンに行くことにしている。
部長にパワーが足りないと言われたとき、後輩に逆ギレされたとき、私はあのヤニ臭い店内に吸い込まれていく。
そして、対戦をしながら、反省をする。
100円とはいえ身銭がかかっている緊張感、わかりやすいルール、スピード感あふれる試合展開。
仕事とは全く違う環境で、戦いを楽しむ。
うるさい店内を出る頃には、思考はシンプル、アドレナリンはバッキバキ、気分は超前向きに。
準備は整った。
あとは、明日からまた全力で戦うだけである。
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