憎っくきアイツを退治するために足りなかったもの
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:蘆田真琴(ライティング・ゼミ日曜コース)
去年の年度初めとともに異動があり、勤務場所も仕事の内容も大きく変わった。もちろん人間関係も。
約4年のブランクを置かれた間に、仕事の内容はすっかり変わっていた。どのくらい変わっていたかというと、例えるなら「記憶喪失」か「浦島太郎」もかくや、というくらいである。当然これまでの知識がほとんど役に立たないため「仕事ができない」私は一気に下っ端となった。
こうなると、ただでさえ低い自己評価などだだ下がりである。
圧の強い同僚と慣れない仕事にすっかり心が折れてしまった。そして「美味しいものをたくさん食べること」だけが、日々の楽しみになっていくのにそんなに時間はかからなかった。
そして、ついに私が乗った体組成計は、我が人生史上、最高の体重と体脂肪率を液晶画面に表示した。
「うそやん……」
この一声が出るのに、おそらく数秒を要したであろう。あまりの衝撃に体組成計が続けて表示していた他の数値が記憶にない。ただ、体重と体脂肪率の数字だけが強烈に記憶に残った。
その数字は、おそらく一生忘れないと思う。
元々筋肉量がそこそこあるので、食べても「太る」という感覚があまりなかったのだが、寄る年波には勝てず、代謝が落ちていたのだろう。そこに「運動はほとんどしない」「美味しいものは食べる(しかもお腹いっぱい)」とくれば、そりゃあ体重も増えるだろうな、と簡単に推察できた。
まず、現実を直視するために下着姿で鏡の前に立った。
語彙を一瞬にして失うくらいの惨状だった。脇腹に見たこともない贅肉が乗っかっているのが分かった。これはよろしくない。
そうなるとやはり、ダイエットをするしかないわけだが準備や手間がかかることは、自分の性分からすると続かないだろう。
「道具を使わず、コツコツ続けられるくらいの運動と筋トレ」「食事の改善」だろうと思いたち、専門職の知人に訊いたり、図書館や書店に行ってはダイエットや栄養の本を読み漁った。
そうしてぼちぼちとこれらを続けていくと、じわじわと減っていった。
それでも、停滞期という壁はあるし、ほぼ必ずと言っていいほど立ちはだかるものだ。
減らない、ちょっと増える。
減った、ちょっと増える、また減る。
そんなことを繰り返す時期。
「でもここで挫けてはいけない、挫けたらリバウンドして更に痩せにくくなる」
いろんなところでそんな話を見聞きしてきた、この言葉に何を以って立ち向かうか……運動方法を変えたりしてみたがすっかり手詰まりだった。
そんなある日、仕事が休みだったので、以前から気になっていた舞台のDVDを見た。主役格の一人の若い俳優さんが目に留まった。観ているうちに徐々にその人の芝居に引き込まれていった。そして、芝居だけではなく、発声、身体能力の高さも目についた。役柄もあったが、特に立ち居振る舞いの美しさに心惹かれるものがあった。
気になると知りたくなるのが性分なので、見終わったあと私は早速その俳優さんを調べ、インタビュー動画を視聴し関連書籍を読んだ。
その人は、デビューしたての頃は周囲から「大丈夫かな?」と思われるくらいだったことや、役作り等で努力を惜しまない人であり、才能ではなく努力の末にここまできた人だったことを知った。
また、今では座長も務めるくらいの人物だが、その居住まいがとてもしゃんとしていて、それでいて穏やかで、どこにあっても変わらないという、他の役者から見た彼の人物像も併せて知った。
全て読み、視聴し終わり、ふと我が身を振り返った。
居住まい……この数ヶ月間のダイエット生活での態度や姿勢はどうだったか?
体は動かしていたからできていたつもりになっていたけれど、心の方が置き去りだったことに気がついた。つまり、ただの“筋トレやるだけマシーン”と化していただけだったのだ。
そもそも「たくさん食べるようになった」のは心が変な方に向いていたからではなかったか?
どうやら「マニュアルどおりに、とりあえず体を動かして食べる量を減らせりゃなんとかなるさ」というのが甘い考えだったらしい。
体だけではなく、心も、両方動かさなければいけなかったのだ。
やき鳥の串のように、一本、貫き通す姿勢が足りなかったのだ。
真似でもいい、とにかくまず始めに居住まいを正すために「姿勢から変えよう」「背筋を伸ばそう」と思った。背筋を伸ばして深く息を吸い込むと、どこか折れて曲がっていた心も少しずつ戻せているような気がした。
特別なことはしていない。とにかく姿勢を意識し、心はできる限り以前の仕事をしていた時のように穏やかでいようと心がけた。
それから数ヶ月ほど経っただろうか。結果はというと、体重はわずかに減った。しかし体脂肪率はベストだった頃に戻った。つまり筋肉量が増えたということだ。
ふと気がつくと脇腹にあった「憎っくきアイツ」の感覚が消えていることに気がついた。
「真の敵を倒すに至り!」とまでは、まだ言い切れないが光は見えてきた。
これからも私はまっすぐな「武器:焼き鳥の串」を携えて冒険に出かけようと思う。
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