友達の手土産がいつもひとつ多い理由
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:月山ギコ(ライティング・ゼミ日曜コース)
「これうちの近所の和菓子屋さんの大福。すごい美味しいから」
そう言って彼女は、薄いベージュの包装紙に包まれた、おいしそうな大福をくれた。
「わーありがとう!あとで皆でいただこう」
その日は大学時代の同級生がふたり、去年産まれたばかりの娘に会いに来てくれていた。
私たち3人は九州の大学を卒業後、ほぼ同時に上京し、これまでずっと東京で共に頑張っている同志だ。
1年に何度かは近況報告がてら連絡を取り合い、共に年を重ねてきた。ふたりはいわゆるバリキャリで、上京後に入ったそれぞれの業界で、地に足のついたしっかりしたキャリアを築いている。
それに比べて私はいつまでも職種が定まらず、10回以上の転職を繰り返したのち、結婚し、30代半ばでようやく正社員の職を得て、やっと落ち着いたところだった。
去年待望の赤ちゃんを授かり、育休中の私に、ふたりが忙しい合間を縫ってお祝いに来てくれたのだ。
高齢出産は高血圧症候群になるリスクが高いため、食事には特に気をつけた。塩分は1日6g以内におさまるように、ラーメンやうどんは控え、塩分含有量が表記されたお弁当を買ったりして調整した。
夜は欠かさず着圧ソックスをして、むくみを予防した。
臨月が近づいてくると、NSTという赤ちゃんの心拍数と胎動を図る検査があり、少しでも普通と違う反応が見られたら、翌日もう一度チェックし直したり、血液検査をしたりと、病院側もかなり慎重になって対応してくれていた。傍から見ると少しやりすぎに見えたかもしれないが、私にはそれが必要だった。
幸い経過は順調で、予定日の前日にあった妊婦健診では、
「お母さん、もう明日予定日ですから、そろそろ赤ちゃんに出てくる頃だよって教えてあげてもいいかもしれないですね」
と助産師さんに言われた。
え、と思った。あまりに慎重になりすぎて、運動不足だったのかな。
不安になってしまった私は、付き添いできてくれていた母と一緒に、渋谷を3~4時間ウロウロし、わざわざエスカレーターを使わず階段を使ったりして、赤ちゃんに刺激を与えるようにしてみた。
そしてその日の夜、陣痛がきた。
最初はそれが陣痛だと分からず、夕飯を食べている時に「なんか腰が痛いような気がする」と夫と母に話していたのだが、
「陣痛だとしてもこれから長丁場になるんだし、ご飯食べちゃえば」
と母に言われ、それもそうだと食べ続けていたら、なんだかどんどん痛くなってくる。
急いでタクシーを呼び、夜中に病院について検査をしてもらう。
「陣痛ですね」
それから分娩室に入り、木馬のような、陣痛を和らげてくれる乗り物に乗ったり、夫に背中をさすってもらったりしながら数分ごとにやってくる陣痛に耐えていると、あっという間に陣痛の感覚が狭くなり、気づけば分娩台で夫と母に手を握られながら、息んでいた。
4時間ほどして、彼女は産まれた。あの不安はなんだったんだろうと拍子抜けするほどの、スーパー安産だった。
「泣いてる。ちゃんと泣いてるよ」
ホッとして、全身の力が抜けていくようだった。
ふにゃふにゃの赤ちゃんを胸に抱き、カンガルーケアをする。
「よかったね。元気に産まれてきてくれてほんとによかったね」
「うん。やっぱり、怖かった」
同期のふたりは5ヶ月になる娘を交互に抱っこして、はしゃいでいた。
「スリング私も使ってみたい!」
「足長いね~!だんなさんに似てる~!!」
「長居しちゃ悪いから、そろそろお暇するね!」
嵐のようなふたりの訪問が過ぎた後、ふとテーブルの方を見ると、大福がひとつ残っている。
そういえば前にもこんなことがあった。娘を妊娠する前、会社の同僚が遊びに来てくれた時も、おもたせのお饅頭がひとつ残っていたのを思い出した。そこでハッとした。
「これは、あの子の分なんだ。みんな何も言わず、あの子の分を買ってきてくれてたんだ」
実は私にとって娘は第2子だ。不妊治療の末にようやく授かった男の子を、あと数ヶ月で出産となった頃、元気に産まれてきてくれてくれるものだと思っていた幸せの絶頂の時、彼の心臓はお腹のなかで突然止まってしまったのだ。
原因は不明と言われた。
訴えられるとでも思ったのか、息子が亡くなった途端、検査結果すらこちらから聞かないと教えてくれなくなった医師たちの不誠実な態度にさらに傷つけられ、目の前が真っ暗になった。
1年ほどして娘を妊娠した時、幸せな気持ちのはざまで、また同じことになるのではないかという恐怖がいつもあった。
娘が元気に産まれてきてくれて本当に嬉しい。でも不思議なことに、ぐんぐん成長する娘を見ていると、以前にも増して息子のことを思うようになった。
おもたせの1つ残りは、息子のためのものだったのだ。
会社関係の人や友人と話す時は、よほど近しい関係でない限り、息子のことを話すのは控えていたけれど、こんな寄り添い方があったなんて。
「ママのお友達が持ってきてくれたんだよ。よかったね」
私はそう言って、ひとり分の大福をお皿に載せ、仏壇の前で手を合わせた。
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