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ここ数年のベストバイは、アゴをしゃくれさせる装置17万円也


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:春眠亭あくび(ライティング・ゼミ 平日コース)

「それでは使い方を説明しますね」
先生が丁寧に対応してくれる。
手にはピンク色の入れ歯のような装置。それが上下2セットある。
「まず、上の装置をはめてください」
言われるがまま、上の歯にセットしてみる。
少し硬さはあるものの、頑丈で、フィット感も申し分ない。
「その後、アゴを前に押し出すようにしてから、下の歯に装置をはめてください」
ぐぐっとアゴを出してから、下の歯にセットした。
鏡を見ると、見事にしゃくれている自分がいた。
「これで説明は終了です。今日から毎日、使ってみてくださいね」
アゴを強制的にしゃくれさせる装置を購入した。
お値段17万円也。
本当に良い買い物をした。
これを使い始めてからというもの、疲れの取れ方が全く違うのだ。

「あなた、夜中に呼吸が止まってるわよ」
ある日妻から言われ、衝撃を受けた。
すぐに専門の外来に行って、1泊の検査を受けた。
結果は、軽度の睡眠時無呼吸症候群。
すぐにどうというわけではないが、疲れが取れないなどの症状がでるため、早めに対処した方がいいとのこと。
確かにここ数年、何時間寝ても寝たりなかった。
これが改善するなら願ってもいない。
早速治療を開始した。

睡眠時無呼吸症候群は、仰向けで寝ている際に舌の根っこが落ち込んで気道を圧迫し、呼吸に障害がでる病気だ。
治療方法は、専用のマウスピースのような器具をはめて下アゴを強制的に前に出し、舌の根っこが落ち込まないようにするものだった。

「それで、お値段なんですけど」
料金表をみて目が飛び出た。
保険適用だと1万5千円。適用外だとなんと17万円。
「え、この17万円って何が違うんですか?」
私の質問に先生は鼻息荒く説明してくれた。
「保険適用のものだと材質が弱いので、歯ぎしりが強い人だとすぐ割れてしまうんですよ。それと保険適用のものは上と下のパーツが一体型なんですが、17万円の方はセパレート式なので睡眠中も楽ですし、何よりマウスピースをはめたまま会話もできるんです!」
一通り聞いた後、考える。
17万円か。
でもずっと使うかどうかわからないしな。
効果があるかもわからないし。
「で、どちらになさいますか?」
「すいません、まずは1万5千円の方で」

その1ヶ月後、安いマウスピースは盛大に割れて壊れてしまった。
その後先生によって何度か修理してもらったが、3日と持たずにまた割れてしまった。
先生曰く、私はかなり歯ぎしりが強い方なのだという。
一体型のマウスピースは、横への負荷にすこぶる弱いのだそうだ。
まさに安物買いの銭失い。
いつもこれで失敗する。
とは言いながら、安いマウスピースでもかなり効果があった。
寝起きのスッキリ度合いが全く違った。
安いマウスピースでこの効果だ。
これが17万円だったら相当良いに違いない。
何より壊れないから長く使える。
安物買いをしてしまって、ようやく17万円のものを買う決心ができた。

だがここで新たな問題が出てきた。
購入にあたり、金庫番である妻の説得が必要なのだ。
でもどうやって?
17万円もするのに?
私はすぐに本屋へ行った。
そして、「説得」に関する本を読み漁った。
「説得する相手のメリットを最大限にアピールすること」
なるほど。
妻のメリットは、やはり快眠だろう。
私は無呼吸症候群とともに、いびきもすごい。
妻も私のいびきで寝れないことがしばしばあるそうだ。
妻の体調も考えて、ちょっと高いけどマウスピースを購入したい。もう私のいびきで悩むこともないんだ。
よし、このストーリーでいこう。

「ちょっと話しがあるんだけどさ」
少し緊張しながら、私はテレビを観ている妻に話しかけた。
「なに?」
手製のロイヤルミルクティーをすすりながら、妻は少し不機嫌そうに返事をした。
尻込みしたが、いつかは話さなければならない。
「あのさ、マウスピースの件なんだけど」
「ああ、あの壊れちゃったやつ」
「そう。安いやつだから、すぐ壊れちゃうらしいんだ。それで、今度は長く使いたいから、少した高いやつを購入したいんだ」
「そう。いくら?」
「えっと、なんか保険適用外でね、でも歯科業界ではかなりメジャーなのと、世界的にみると日本の価格はかなり安いらしくて、素材の割にこの価格は相当な破格らしくて」
「で、いくらなの?」
「えっと、17万円」
「高いね。手持ちあるの?」
「無いけど」
「じゃあ、明日お金下ろしてくればいい?」

妻のあまりのあっけない反応に、しばらく呆然とした。
「え、かなり高い買い物だよね。反対とかないの?」
素直に聞いてみた。
すると、妻からこう返ってきた。
「だって、それであなたの疲れがとれるようになるんでしょ? 別にいいわよ」

妻に感謝した。
と同時に、説得のストーリーを考えていた私が恥ずかしくなった。
家族の健康を素直に応援してくれる。
私の妻は、そういう人だった。
だから惚れたのだ。

あれから高いマウスピースは一度も壊れていない。
寝起きの爽快感が全然違う。
体調も良くなり、職場でも自然と会話が弾むようになった。
なんだか明るくなりましたね、なんて言われることもしばしば。
そんなときは、少しもったいぶりながら、こう言うことにしている。

「アゴをしゃくれさせる装置がありましてね」

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2019-01-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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