あなたにとって、「仕事」とは?
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:砂島 迅(ライティング・ゼミ 平日コース)
「オウム真理教の事件で、報道局に駆り出されて、人手が足らないの。誰か、英語を話せる子、いない? 短期で手伝って欲しいのだけど」
今は放送局に勤める卒業生で、先輩の康子さんが、ふらりと大学のサークルのたまり場に現れて、言った。
たまり場には、数名の先輩と私が、たまたま居合わせた。
「少しなら、話せます」
すかさず私は手を挙げた。
「砂島 迅さんか。専攻は何だったっけ?」
「英文学科です」
「迅、明日から来られる?」
「はい、行けます」
「じゃ、このメモの場所で待っているわ。道に迷ったら、その番号に連絡して」
こうして、先輩の勤める放送局で、短期バイトすることが決まった。
康子さんは、とても特徴のある、目立つ人だった。
一度社会人になったものの、ジャーナリストになるために、大学に入り直して卒業し、放送局に就職したという。
何より特徴的だったのは、その風貌だ。175センチメートルを超す長身に、大きな瞳の、小さな整った顔立ち。同じ人間とは思えないほど、細い体から伸びる、ビックリするくらい細く長い手足。黒い瞳はいつも憂いを含み、不満を隠し持っていたが、それが美貌と相まって、神秘的に見えた。話すときは、小さな声で、鳥がさえずるように話をした。男子だけでなく、女子にも、絶大な憧れの的だった。ときどき、ふらりと大学きて、サークルのたまり場に現れた。無駄話に興じるときもあれば、バイトの話を持ってきてくれたりした。
翌日、講義が終わったあと、貰ったメモのとおり放送局の入口に行った。私は生まれて初めて放送局、という場所のなかに入った。そのバイトは、夜勤だった。マレーシア、インドネシア、インドなどの、アジア各国からのニュースを集めて放送するためのネタ映像を、各国が衛星通信で送ってくる。送られてくる映像の画質を、夜通しでチェックする仕事だった。
ただチェックするだけではなく、映像に乱れが出ると、映像を送信している国の担当者に、英語で状況を説明して送りなおしてもらったりした。気象の変化などで映像が途絶え、受信ができなくなると、再送のために衛星通信の回線の確保依頼を、通信会社に送ったりと、学生にはなかなかやりがいのあるバイトだった。
アジアニュースの取りまとめは、マレーシアの放送局がおこなっていた。担当はチョードリーさんという男性だった。音声だけのやりとりで、チェックの合間に色々な話をした。チョードリーさんは、康子さんを知っていた。私は、康子さんと同じ大学の後輩で、今、日本で起こっている大事件が落ち着くまで、短期でバイトしていること。康子さんは、大学で、男子からも女子からも人気がある卒業生なこと。講義のあとに、徹夜で死にそうだけれど、このバイトは面白い、ということ。
「ジンが死んだら、僕の撮ったニュース映像を受け取ってくれる人が、いなくなるじゃないか!」
だから頑張って、死ぬなよ、とチョードリーさんは陽気な笑い声を、送ってきてくれた。
バイトの期限が迫ったある日、アジアニュースの部屋に、細い人影がふらっと入ってきた。康子さんだった。
「迅、お疲れさま。頑張っているようね」
「はい、皆さんが聞き取り上手なので、下手な英語でも拾っていただいています」
「チョードリーが、迅をほめていたよ。しっかりした、楽しい子だって」
「チョードリーさんは、色々教えてくださるので、その通りにやっています。いい方ですね」
康子さんは、小さい顔を、満足げにうんうんと縦に振りながら続けた。
「でさ、このバイト、続けられないかな?」
「はい、続けさせてください」
「大丈夫? 夜のバイトだから、私から親御さんに一報、おことわりを入れるね」
「ありがとうございます」
親は、というと、この夜のバイトを、面白がって、むしろ喜んでいた。康子さんは、その場で家に電話をし、親の了解を取り付けてくれた。こうして、騒動がおさまっても、私は夜勤バイトを続けることになった。
半年が経って、アジアニュースの夜勤が終わったあと、なんの予定もない私は、報道局の仕事も、手伝わせてもらえるようになっていた。その日も、アジアニュースの夜勤が終わり、次の報道局のバイトに入った。康子さんの姿が見えた。私は近寄って迷わず、言った。
「おはようございます、康子さん。次、何をやったらいいですか?」
その言葉に康子さんは、しばらく振り返りも、返事もしなかった。通信会社に、衛星回線の確保依頼を送信している最中だったようだ。私は、待っていた。
「おはよう、迅。一度しか言わないから、よく聞いて」
通信会社への回線確保依頼を終えた康子さんは、ゆっくり振り返り、いつになく険しい表情で、私の目をのぞき込むように言った。その声は、いつものささやく小鳥の声ではなかった。低く、しっかりした、人間の声だった。
「仕事ってね、他人からもらうものでも、待っていればやってくるものでもない。自分で、さがすもの、なのよ」
背筋に、雷が走った。康子さんが、怒っている? いや、怒っているのではない。私は叱られている。教えてくれているのだ。「仕事」とは、何か、について。康子さんの言葉を、何も考えずに、ボケっと待っていた自分が恥ずかしくなり、私は下を向いて絞り出すように、答えた。
「すみませんでした。やれそうなことを、さがしてみます。もう二度と言いません」
顔を上げると、康子さんは、ゆっくり表情をやわらげて、ニッコリ笑った。花が開くようだった。
「わかれば、よし! じゃ、さがして!」
その瞬間から、私にとって「仕事」とは、他人からもらうものでも、待っていればやってくるものでもなくなった。
それは社会人になって、ずいぶん経った今でも、変わっていない。そのために、会社に入ってから「お前は言われたことを、言われたとおりに、やっていればいいのだ!」という衝突や、「何を勝手に、動いているのだ!」と怒られることが、多々あった。それでもなお、康子さんの言葉は、私の信条となって、私の真ん中で、どんな時でも、ぼうっと光を放ち続けている。だから今また、新しい仕事を作り出そうと、よたよたもがいている。勉強をしている。うまくいくかは、わからない。方向を定めて、進んでいく。
だって、私にとって、「仕事」とは、自分で、さがすものだから。
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