その別れは突然やってきた。思えばとても長いつきあいだった。《さらば親知らず:歯医者セカンドオピニオン論続編》*閲覧注意
天狼院書店店主の三浦でございます。
最近、歯医者さんに通っていたことは、この記事を読まれていた方なら、あるいはご存知かも知れません。
歯医者さんに行って「時間がないから少ない回数でお願いします」と言ったら半ギレされたので帰ってきた。《歯医者セカンドオピニオン論》
それで、僕は意中の歯医者さんを見つけて、気になるところをすべて治してもらうべく、通い続けていたわけですが、最近、なぜか必ず奥歯の方にものが詰まる。
食べると、必ず、詰まる。
スルメはもちろんのこと、ホタテの貝柱、ラーメンのチャーシューなど、少しでも筋のあるものは詰まる。見事に詰まる。
爪楊枝がある店はいいんですが、ない場合もある。
すぐに歯を磨ければいいのですが、そうできない場合もある。
痛くもないので、アッパーカット的ではなく、ジャブ的にちょっと困っていたのですが、それを今日行った時に相談すると、
「あ、これは親知らずとその隣の歯のところに詰まっているんですね。歯ぐきも炎症起こしてます。抜きますか」
何事でもないように言うのです。
「え? 抜くって、歯を抜くってことですか?」
いや、そんな展開になるとは、全然思ってませんから、こちらは軽くパニックでございます。
僕の頭の中は、メスと巨大なペンチが思い描かれます。
こちらの軽パニなどつゆしらず、先生はこう続けます。
「ものの10分で終わります」
「あの、親知らずってなくてもいいんでしょうかね」
だって、これまで37年間生きてきたが、結構、長い間連れ添ってきたんだと思う。
小学生くらいから、あそこにいたはずだから、かれこれ30年くらいは苦楽を共にしてきた。
僕の血となり肉となり骨となるものどもを、噛み砕いてくれたのです。
そんな、ものの10分で抜き去られるほどの関係性ではないはずです。
しかし、次の先生の言葉で、僕の考えは変わりました。
「親知らずって、使わないんですよ」
「使わない?」
「下にそれに対応する歯がないんです。つまり、噛み合わせることができない」
ってことは・・・・・・。
僕のためにこれまで噛み砕いてくれていたっていたのは、幻想?
たまに虫歯になって、痛くしてただけってこと?
じゃあ、何のためにあるの?
「あ、抜きます。抜いてください」
「じゃあ、麻酔うちますね。ちょっとチクっとします」
確かにチクっとします。
いや、ずっとチクっとします。
ぐりぐりねじ込むように、麻酔がとても長い時間打たれます。
「はい、うがいしてください。もう一箇所うちますね」
またか、まだやるか。
しかし、ここは耐えどころでございます。
僕みたいな風貌で、ぴーぴー言うもの、変です。
男は黙って痛みに耐えねばでございます。
そのとき、ふと、何かで見たか聞いたかしたことを思い出します。
「麻酔って何で効くかわかっていないんですよ」
え?
リアリー?
何で効くかわからないって、え、じゃあ、効かないかもしれないじゃん!
「うがいをして、5分お待ちください。待つと効いてきますから」
本当に?
麻酔って、何で効くかわかっていないんですよね?
もちろん、大人なのでそんなことは聞きません。
僕は治療イスに座っていたんですが、5分って長いですね。
今から、親知らずが抜かれるという。
あまりに突然のことだったので、別れる準備は、できていませんでした。
親知らずとの思い出が、走馬灯のように・・・・・・。
いや、なるわけないよね、だって、役立たずだったんでしょ? 噛み合わせができないんでしょ?
なんか、ほんと、騙された気分だわー。
今まで、30年間、大切なものだと騙されてたわー。
確かに、みんな、親知らずを抜く、というフレーズをこれまでの人生で幾度となく聞いてきました。
そのときは、あ、奥にあるから、虫歯になりやすいんだな、これを抜くのも大人の階段を登る儀式のひとつなんだな、とちょっとした感慨をもっていました。
ところが、噛み合わせられないんだと言う。
愛憎入り混じったような複雑な想いを抱いているうちに、ぴぴぴ、ぴぴぴ、5分が経過しました。
「麻酔が効いたかどうか、調べますね」
また、ウィーンと治療イスが後ろに倒されます。
先生は、何らかの器具で歯ぐきを刺します。
「あ、痛いです」
やっぱり、効かない?
そういえば、最近、太ったってみんなに言われるんで、脂肪が多くて効かないのかな。
いやいや、全身麻酔じゃないから関係ないだろう、歯ぐきデブって聞いたことないし、なぞと思っているうちに、追加の麻酔注射を打たれます。
「痛いですか?」
いろんなところをまた何かで刺しながら、先生は言います。
あるところは痛くなくて、でも、あるところは痛い。
そう伝えると、先生はこう言います。
「じゃあ、痛くないところから、攻めますか」
いや、いや、いや、ちょっと待って、痛くなくなってから攻めましょうよ。そうしましょうよ。
本当はそう言いたかったのですが、この風貌でぴーぴー言うのもやはり、変、なので、ここはグッとこらえます。
先生の果敢な攻めが始まります。何か、グリグリされてますが、口を大きく開けている僕にはもちろん、見えません。
さっき、手塚治虫の『ブラック・ジャック』をトイレで読んでたばかりなので、メスか何かで親知らず周辺の歯ぐきを切り裂かれているのを、想像してしまいます。
無理無理無理!
はやく終わって!
先生は、更に力がこもります。
いつしか、先生の手には、ペンチのようなものが握られています。
痛い。痛い。
いや、痛いのは器具を入れられ、引っ張られている唇か。
ゴリゴリ、ゴリゴリ。
何だか、骨伝導の要領で頭に響いてきます。
さらに先生が力を入れた瞬間に、なんだか、ふっと圧力が弱まります。
抜けた。
直感的にそう思います。
「終わりましたよ。綺麗に抜けました」
そういって、先生が見せてくれたのは、思った以上に立派な歯でした。
役立たずとはいえ、僕の中で、30年間、酸いも甘いも見てきた、苦楽を共にしてきた仲間でした。家族でした。
なんだか、ちょっとセンチメンタルな想いに浸されました。
「歯、どうしますか? 持ち帰りますか?」
「はい、一応」
こうして、僕は親知らずと別れたのでした。
やっぱり、僕の他にも、歯、持ち帰る人って結構いるんですね。
こんなケースに入れてもらいました。*以降、閲覧注意
で、天狼院に戻ってから歯を確認してみると、やっぱり、立派なものです。
役立たずだったけど、ご苦労様。
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