雨の夜、暗い道路に浮かび上がるセンターライン
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:高木英明(ライティング・ゼミ特講)
「ちゃんと指示を出してください。みんな困っています」
運転中も、スタッフから言われた言葉が頭から離れなかった。仕事を終えた僕は、車を走らせて家路を急ぐ。時間は夜の0時を過ぎようとしていた。どしゃぶりの雨に濡れた路面は、中途半端で弱々しい街灯の光を反射している。中央に引かれているはずのセンターラインは見えにくく、自分がどの車線を走っているのか迷う瞬間がたびたびあった。
「みんなが迷わないように、ちゃんと線を引いて欲しい」
今日もスタッフからそう言われた。今日だけではない。最近は、スタッフ同士が仕事の分担で揉めるたびに、僕に詰め寄ってきてはそう主張するのだ。勤務先のレストランでは、フロアをエリアごとに区切って担当者を配置している。半年前からフロアリーダーを任されている僕が日々の分担を決めていた。
エリアごとの担当者が、それぞれのテーブルのお客さんに責任を持つ。
一見シンプルに見えるルールだったが、スタッフ間の喧嘩やトラブルの元になっていた。
「自分の担当じゃないテーブルのお客さんに用事を頼まれた」
そんな愚痴を、連日のように聞かされていた。
「担当じゃないテーブルのお客さんに振り回されて、自分の担当の仕事ができません。ほかのスタッフはすぐキッチンに引っ込んでしまって、フロアを全部、私一人で見るハメになるんです」
お客さんにとってはスタッフの分担など知るよしもないから、目に入ったスタッフに声をかけて用事を頼む。その時に本来の担当スタッフがキッチンの中にいたり、別の用事でフロアを離れてしまうと、残されたスタッフに負担がかかる。それが不平不満の元になっていた。
「そこを助け合って、仲良くやってくれませんか?」
そう言って、スタッフをなだめるのだが、誰もそんな一言では納得しない。
「どういう場合に、どちらが対応するのか、ちゃんと業務内容に線引きして、はっきりしてほしい」
そのくらいのことは臨機応変でやってほしいというのが本音だったが、言葉に出すわけにもいかない。リーダーになる前は、線引きの必要性など感じたことはなかった。臨機応変に対応するのが当たり前だと信じていたし、担当外のお客さんに何か頼まれた時も、快く対応していた。文句を言う者はいなかった。当時のスタッフは今もこの職場で働いている。そのスタッフたちが、以前は口にしなかった「業務の線引き」という言葉を盛んに口にするようになったのだ。
以前と何が違うのだろう。働くメンバーは同じで、環境だって何も変わってない。変わっといえば、僕がリーダーになったことくらいだ。であれば、自分に原因があるのだろうか? 別の支店に異動した前のリーダーと何が違うのだろうか?
大雨で視界を遮られた道路を運転しながら、そんなことばかり考えていた。
その時、大きな音でサイレンが鳴った。甲高いサイレンの音が鳴り響いた時、心臓に電気ショックを受けたような衝撃が走った。音を聴いて、やっと自分が置かれている状況に気付いた。
いつのまにか、対向車線に侵入して、逆走していたのだ。
「前の車、止まりなさい!」
サイレンの音とともに、スピーカーを経由した警告が鳴り響く。バックミラーには赤く点滅するパトカーのランプが映っている。僕は車を側道まで寄せてブレーキを踏んだ。
警官の指示するままに車を安全な場所へ移動し、切符を切られた。
「なぜ対向車線を走ったのか?」警官から事情聴取を受ける。
「雨で光って、車線がよく見えませんでした」と僕は答えた。
「そういう時はスピードを落とすべきでしたね」と警官は言った。「安全に目的の場所までドライブする。それを常に意識できていれば、状況に合わせて自然とスピードを調整するようになるものです。口うるさいと思うかもしれませんが、我々はルール違反だから取り締まるのではありません。安全運転という目的を皆さんに伝えたいと思って取り締まりをやっています。ご理解ください」
手続きがおわり、車を再発進させた。不覚だった。仕事の悩みに気を取られすぎて、状況が見えてなかった。
だが気を取り直し、安全運転を意識しながらしばらく進むと、しだいに雨の中でも車線がくっきりと見えるようになった。街灯の光が路面をしっかりと照らしていた。道路のセンターラインは純白の光を放って行き先を指し示していた。
その時ふと思った。僕はスタッフたちに、仕事の目的をちゃんと伝えていただろうか?
一つ一つの業務が持つ意味や目的を語りかけたことがあったかどうか。
もしかしたら、ルールを作るだけで満足し、皆を導いている気になってはいなかったか?
前のリーダーはよく、業務の持つ意味を話してくれた。お客さんの満足度という目的を教えられ、目的に合致することなら分担に関係なく何でもやった。
もしかしたら僕は、目的を伝え、進むべき道を示すことができていなかったのではないか。
雨の夜、暗い夜道を運転しながら、自分に欠けていたものの正体を見つけた気がした。
明日出勤するまでに、前のリーダーが何を教えてくれていたのか、じっくり思い出してみよう。遅くまで残業して、体は疲れ切っていた。だけど、今日は寝るわけにいかない。明日、スタッフたちが対向車線に侵入して大怪我しないように、みんなの行く道を照らさなければならないのだ。
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