スマホ星人からの伝言
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:武田真和(ライティング・ゼミ平日コース)
カーテンを開けると、まだ辺りは薄暗かった。雲の隙間から、ほんのりと光が射している。
思わず笑みがこぼれた。
「今日はついてるぞ!」
道路には雪がなかった。1月半ばの山形では奇跡的なことだ。
これなら新幹線も間違いなく動くだろう。確信と共に大きく伸びをする。
それから程なくして、朝の静寂とは不釣り合いなけたたましい音が響いた。
その主のもとにゆっくりと歩み寄ると、大きく深呼吸。
「今日はお前さんより早起きだよ」
私の言葉などまるで届いていないかのようだ。
規則正しく音を鳴らし続けるその主の正体は愛用のスマホだった。
人間は、楽しいことや好きなことがあると自然と目が覚めるらしい。
仕事の日でもこうだったらいいのになぁ。そう心の中でぼやきながらアラームを止めた。
再び朝の静寂が蘇った。さっそくスマホでSNSをチェックする。毎朝の日課だ。
一通りチェックを終えて、身支度を整えることにした。
ワイシャツにそでを通し、ズボンを履いたその時だった。瞬時に嫌な予感が走った。
チャックが……スーツを新調したのは随分と前のことだ。
その間にだいぶ太ったという現実を容易に受け入れられない自分がいた。
チャックを無理やり上げるという作業は、小さなため息を消すには十分な音だった。
さっそくスマホを手に取り、「ダイエット」で検索をかける。
瞬時に膨大な情報が提示されて、自分で調べたにも関わらずうんざりした。
同時に時計に目をやると、いつの間にか新幹線の時刻が迫っていた。
私は慌てて着替えを終えて、駅への道を急いだ。
駅に到着すると、既にホームで新幹線を待っている人が数名いた。
皆、一様に吐く息が白い。襟を立てて肩をすくめる者、ポケットに両手を突っ込む者。
それぞれの方法で暖をとっていた。
私はというと、さっそくポケットからスマホを取り出し画面を開いた。
だが、あまりの寒さに指がまともに動かない。
諦めてポケットにスマホを戻すと、ホームに新幹線が滑り込んできた。
車内に乗り込むと、柔らかな暖房が顔をなでた。曇った眼鏡を外しながら席を探す。
切符に書いてある座席が見つかった。いつもの窓際の席だ。
荷物を棚に上げて、コートを脱ぎ、ゆっくりと腰を下ろす。
電車での旅が大好きな自分にとって、まさに至福の時間だ。自然と頬が緩むのを感じる。
1年ぶりの東京に胸が弾んだ。
山形から東京までの約3時間。ついに私はコートのポケットには手を伸ばさなかった。
なぜか。最大の理由は車窓から見える「景色」だ。
山形を抜けるまでは雪化粧に包まれているが、それが福島に入ると一変する。
福島はほとんど雪がないのだ。
そして、栃木、埼玉、東京と続くとそこは完全に別世界だ。
「同じ日本とは思えないんだなよなぁ」白銀とは程遠い窓に向かって小さく呟いた。
東京駅は人であふれかえっていた。つい数時間前までの静寂が嘘のようだった。
その喧騒は、スマホの目覚まし時計の比ではなかった。
目的地に向かうためには、山手線に乗り換える必要があった。
キャリーケースを抱えながら、ゆっくりホームの階段を上ってゆく。
ちょうど来た電車に乗り込み、座る席を探していた時だった。異変に気づいた。
皆、俯いている。しかもほぼ全員が、だ。
その視線の先にはやはりというべきか、スマホがあった。
誰一人として言葉を発する者はいなかった。それはやはり異様な光景に思えた。
スマホを触っている以外の人も何人かいた。
眠っている人、読書をしている人、そして、ただじっと座っている人。
だが、私にはその人々すら、スマホを使い終えた後にこうしているのではないかという
そんな錯覚に襲われた。
私はポケットに伸ばしかけた手をそのまま下ろした。
目的地まではぼんやりと景色を眺めることにしよう。
そう決心して、リラックスしたことが良かったのだろうか。突如として閃いた。
我々現代人は、食物過多、そして情報過多なのだと。
食べ過ぎれば、太る。時にはお腹を壊す。それは体の正直な反応だ。
では、情報はどうだろうか?体の反応と違って目には見えない。
だからこそ厄介だとも言えるのではないだろうか。
食べ物に関しては、栄養価の高い物をバランス良く食べましょう等の指針がたくさんある。
一方、情報に関してはというと個人の裁量に任せきりになっている部分もあると思う。
空腹の時に食べる食事は最高に美味しい。
では、情報はどうか?情報にも「空腹」が必要なのではないだろうか。
その空腹の正体こそが、ぼんやりしたりのんびり景色を眺めたりする時間なのだと思う。
それは「情報の空白」と呼べるかもしれない。
「空腹」と「空白」、どちらも鍵となっている文字は「空」だ。
からっぽの時間があればこそ、最高の調味料となり、情報を受け入れる下地が出来上がるのではないだろうか?
高層ビルが映える空をぼんやり眺めながら、これはスマホ星人からの伝言かもしれない。
ふと、そんなことを思った。
目的地の駅が近いことを告げるアナウンスが車内に響き、我に返った。
今度は東京の空から自分の腹部に視線を移す。
やっぱり、タクシーはやめて歩こう。
ドアが開いた瞬間、真っ先に私は駆け出した。
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