タイムスリップ先からのメッセージ《週刊READING LIFE 通年テーマ「タイプスリップ」》
記事:青木 文子(READING LIFE編集部公認ライター)
虫の知らせ、という言葉がある。
久しぶりに古い友人のことを考えていた。そこに電話がなった。電話に出てみると20年ぶりのその友人からの電話で驚いた。街をあるいていてふと目についたショーウィンドウのワンピース。なんとなく気になって眺めていたら、待ち合わせしていた友人がそのワンピースを着てきた。あなたにもそんな経験がないだろうか。
偶然と言ってしまえば偶然。でも何かの知らせといえばそうかもしれないと思える体験。それを目に見えない存在からの知らせという人もいる。それを人の持っている無意識の力だという人もいる。その正体が何かはわからない。でも確かなのは、誰しもそんな経験を今までにひとつやふたつはしているということだ。
25年前頃の話。東京の中央線沿線の小さな駅。その駅のマンションの一室で私はある講座を受けようとしていた。教えてくれるのはAさん。アメリカで生まれ、大学を出て、その後に日本に来たという。ぽっちゃりと太っていて、豊かな金髪をもつAさんは、いつも笑顔を浮かべていて温かい人だった。
この講座はシャーマンの講座だった。シャーマンをご存知だろうか。シャーマンとは神や自然の霊の言葉を聴いたり、目に見えない知らせを人々に知らせる人物や職業のことをいう。例えば邪馬台国の卑弥呼は神の声を聞くことができるシャーマンだったと言われている。
シャーマンのことを研究しているマイケル・ハーナーという人物がいる。マイケル・ハーナーは南北アメリカのインディアンのシャーマンに弟子入りした人物で研究者だ。このマイケル・ハーナーの直弟子の一人が、東京にいることを知ったのは大学を卒業してからのことだった。そしてこの豊かな金髪をもつAさんこそが、マイケル・ハーナーの直弟子の一人だった。
ここまで話すと、何割かの人は「怪しい宗教?」という反応をすると思う。でもこれは宗教ではない、と断っておきたい。マイケル・ハーナーは自分自身が学んだシャーマンの技法を現代人に紹介している人だ。それは、シャーマニズムを学ぶことで現代人が霊的に自分とつながる可能性を提供するためだという。
霊的、などというと余計に「怪しい~」という声が聞こえてきそうだ。霊的=怪しい、のはそうだろうか? WHOという機関がある。ニュースでもよく聴く名前だ。WHOは世界保健機構の略称で、国連の健康に関する機関。このWHOにおいて、現在、健康は次のように定義されている。
「健康とは身体的・精神的・霊的・社会的に完全に良好な動的状態」
つまり、「霊的に健康である」というが、今、世界的に考えられている健康の定義のひとつなのだ。
大学時代にこのマイケル・ハーナーの著書『シャーマンへの道』を読んだ私は、いつかこの技法を学びたいと思っていた。マイケル・ハーナーのシャーマンの講座で学ぶのは自然や精霊からのメッセージを受け取る方法だ。シャーマンたちがあちらの世界と交信をするための方法。それは「虫の知らせ」を意識的に受け取る方法だと私は思っている。
マイケル・ハーナーのシャーマンの技法。
そのひとつに地下への旅、というものがある。シャーマンドラムという小さな太鼓がある。そのシャーマンドラムの音を聴きながらイメージの中で地下の世界へ旅をする。シャーマンドラムはトランス状態になるためのたたく太鼓だ。実際に地下の世界へ旅をするわけではない。地下の世界へ旅をするという言葉に語弊があれば、とりえず「イメージの中で旅をする」と思ってもらえば良いかもしれない。
地下への旅、はとてもシンプルなものだ。シャーマンドラムの音を聞きながら、目をつぶって自分のイメージの中で地下への入り口を探す。そして入り口から先の道をたどって行くと地下の国に出る。そこで出会った動物と言葉を交わす。相手が言葉を話すこともあるし、言葉を話さないこともある。それでもその動物はこちらになにかのメッセージと力をくれる。旅の間中、シャーマンドラムのリズミカルな音は、旅に伴走するようにずっと鳴っている。シャーマンドラムがリズムを早く打ち始めたら、地下の国から戻ってくる合図だ。イメージの中で地下からもう一度この地上に戻ってくる。
これはなにかに似ている。
そうタイムスリップだ。タイムスリップする先は、過去でも未来でもないが、それは内面の地下の国。そこには現実とは違う時が流れている。そして私達はそのタイムスリップ先からメッセージを貰うことができるのだ。
ある日の午後。Aさんのマンションの一室。私はふかふかしたカーペットに仰向けで寝転がっていた。Aさんの叩くシャーマンドラムと誘導の言葉が聞こえてくる。言葉のリードとドラムの音に合わせて、目をつぶったまま、自分の中に地下への入り口を探していく。はじめての地下への旅はおっかなびっくりだ。イメージでみつけた地下への入り口から下へ下へと降りていく。突然その地下への道が終わる。気がつくとそこは地下の国だった。そこは一面草原のような広々とした場所だった。空は曇り空。地下というよりもどこかアフリカのサバンナのような場所だった。生き物の気配はなにもなかった。しばらく歩いていくと、傍らの枯れ木に何かがいた。最初に私の目の前に現れたのは、カラスだった。そしてそのカラスは私にあるメッセージを伝えてくれた。そのメッセージは今まで私がずっと欲しかったものだった。
オーストラリアの原住民であるアボリジニは「ドリームタイム」というものをもっているという。アボリジニの世界観では、今自分たちが生きている現実と別に、夢見ている別の世界が並行して存在しているという。そして、現実の世界に行きているように、夢の世界の中でもまた自分は生きていると考える。そんなアボリジニたちは、だから夢を大切にする。子どもたちが夢の話をすると、どんな夢であったか、そこで何を感じたかを熱心に聴く。そして「その夢でみたことを大事にしなさい」という。夢の中で見たもの、感じたものは、自分たちが生きているもう一つの世界=パラレルワールドからのメッセージだから、という理由だ。私達がそんな「ドリームタイム」を持っているかどうかはわからない。しかしわからないからといって、その世界がないとは言えない。
夢は目にみえない。私たちの社会では夢は夢であって、「存在」はしていないとされている。私が地下への旅で出会ったカラスはただの空想ともいえる。でも、それはそのカラスは私にとってアボリジニの「ドリームタイム」のように確かに「存在」しているとは言えないだろうか。
Aさんから学んだマイケル・ハーナーのシャーマンのもうひとつの技法に「石にたずねる」というものがあった。道を歩く。そして自分の中で問いかける。「私の問いに答えてくれる石に今から出会うには」 すると道端のある石が目にとまる。その石に尋ねる。
「ちょっとご一緒に来ていただいていいですか?」
尋ねたその石が「良い」とか「YES」といったら、その石を一度持って帰る。もちろん石は言葉を発しないので石が良いといっていると感じたらその石は「良い」と言っているということになる。傍からみたら、ちょっと危ない人だ。道端にかがんで突然石に話しかけるのだから。
持ち帰った石に、4つの顔を探す。石をくるくると回していると、4つの顔が見えてくる。もちろん顔なんてないのだけれど、不思議と「ここが顔だ」というのがわかる。そこでその4つの顔に向かって、今自分が知りたいことを質問する。すると石が何かを伝えてくれる。それを紙に書く。石はそれぞれの顔がひとつづつ、合計4つの答えをくれる。尋ね終わった石には丁寧にお礼をいって、また元の場所に戻す。
心理学に詳しい人がいれば、これは石が答えているのではなく、石を通して自分の深層心理が答えを出しているのだ、というかもしれない。そうかもしれない。だとしたら、私達人類は自分たちの深層心理に尋ねる方法をいくつも持っていたのといえないだろうか。
このカラスや石にたずねる技法を学んでしばらくして、私は二人の息子を産んだ。その子達と過ごすようになって気がついたことがいくつもあった。子どもたちは散歩でたんぽぽが揺れているのをみて「ほら、たんぽぽさんが笑ってこんにちはって言ってるよ」という。空にクジラに似ている雲があれば「くじらさんが空を泳いでいるねぇ~」という。
これを多くの大人たちは子どもたちの空想として片付ける。ところが実際に子どもと過ごしているとわかる。子どもたちにとって、たんぽぽは言葉を話し、くじらは実際に空を泳いでいるのだ。つまり実際に「存在」している。私の中でそのカラスが「存在」していたように。子どもたちは、自然からの投げかけやシグナルと自然に受け取ることができたり、その自然と交信できているのだ。
「子ども心を失わない」というのは、子どものイマジネーションを失わないという意味だけでなく、かつて私たちが子どもである時に持っていた、シャーマンとしての力を失わないという意味であるのかもしれない。
地下への旅でカラスに出会って以来、私は以前よりカラスを良く見かけるようになった。朝、出かける駐車場の上の電線。カラスが2羽とまってこちらをみている。時にこちらから「カーカー」と挨拶をしてみる。あるカラスは時に「カーカー」と返事をしてくれる。あるカラスはうるさそうにこちらを一瞥する。そしてあるカラスはこちらを見向きもしない。カラスの反応はそれぞれだが、私はかれらにつながり感じている。そして今も時折、道端の石に身をかがめて心の中で聴いてみる。「あの、ちょっとご一緒してもらってもいいですか? ひとつ尋ねたいことがあるんです」
あの地下の旅で私がカラスと対話したことや、石に尋ねた質問。そのことは私の中ではくっきりと輪郭を持った事実だ。そしてもらったメッセージは今も私の中にあって私に沢山の力をくれる。まるでシャーマンが自然との交信で人々にメッセージをもたらして励ましたように。
ある日の帰り道、赤く染まった夕焼けを見上げて、その夕焼けがあなたに何かを語っているように感じることがあったりはしないだろうか。時に、素直にその言葉に耳を傾けてみること、その言葉を聞き取ってみることをしてみてはどうだろうか。それはなにかの超能力でもないし、怪しいことでもない。それは私達の内側の無意識の力を感じ取ることなのだ。
それは私達がかつて子どもとして持っていた感覚。その感覚でしか捉えられない世界がある。「そんな世界なんてわからないよ」と思うとしたら、それは忘れているだけなのだろう。
タイムマシンがなくても、時空の歪みをみつけなくても。私達は日常の中に小さなタイムスリップする扉を見つけることができる。
私達が子どもと遊ぶことや、子どもの頃の感覚を取り戻すことは、自然と交信する力を取り戻し、そこから生きる力をもらうために大切な鍵なのかもしれない。私達はタイムスリップすることができる。そしてそのタイムスリップした先から力をもらうことができる。そこからのメッセージである「虫の知らせ」を感じることは、私達がまだその力を失わずに持っている、小さな証拠のひとつなのではないかと思う。
❏ライタープロフィール
青木文子(あおきあやこ)
愛知県生まれ、岐阜県在住。早稲田大学人間科学部卒業。大学時代は民俗学を専攻。民俗学の学びの中でフィールドワークの基礎を身に付ける。子どもを二人出産してから司法書士試験に挑戦。法学部出身でなく、下の子が0歳の時から4年の受験勉強を経て2008年司法書士試験合格。
人前で話すこと、伝えることが身上。「人が物語を語ること」の可能性を信じている。貫くテーマは「あなたの物語」。
天狼院書店ライティング・ゼミの受講をきっかけにライターになる。天狼院メディアグランプリ23nd season総合優勝。雑誌『READING LIFE』公認ライター、天狼院公認ライター。
この記事は、天狼院書店の大人気講座・人生を変えるライティング教室「ライティング・ゼミ」を受講した方が書いたものです。ライティング・ゼミにご参加いただくと記事を投稿いただき、編集部のフィードバックが得られます。チェックをし、Web天狼院書店に掲載レベルを満たしている場合は、Web天狼院書店にアップされます。 http://tenro-in.com/zemi/70172