メディアグランプリ

私は植物の奴隷?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:藤崎 美香(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
「木を見れば、その家がわかる」
父が言った。今なら、うなずける。
 
十七年前、母が脳卒中で倒れた。
私は、仕事を辞めて、東京から田舎に戻った。
そのころの私には、父の言葉の意味が、理解できてはいなかった。
 
東京生活での植物といえば、ミニバラの思い出に心が痛む。
当時、私はキャラクター商品の企画で、忙しい日々を過ごしていた。
つい衝動買いしたものの、ミニバラの世話をサボっていた。
ある日、帰宅して電気をつけると、茎をぐ〜っと伸び上がらせて一輪だけ咲いた、濃いピンクのバラの花に目が釘づけになった。なんて美しいんだろう!
ところが、翌々日、帰って驚いた。バラは、ミイラのように水分を失って、枯れていた。おそらく、最後の力をふりしぼって花を咲かせたのだろう。
それからどんなに水をあげても、もう遅かった。後悔で、涙がこぼれた。
 
“私は植物を枯らす人“という、悲しいセルフイメージが出来上がった。
 
田舎にもどると、介護とは別に、大きな試練が始まった。住替え用に買った土地につくったミニ菜園の世話が始まったのだ。父は、ほぼ家にはいなかった。そのため、寝たきりの母の代わりに、私が世話をせざるをえなかった。
 
「枯らしたら、あかんぞ!」
頑固で怖い父にすごんだ顔で言われ、私は震え上がった。
私にできるだろうか? 枯らすのが得意な私に。
 
朝と夕方の二回、たっぷりと水をやらなければならない。一回に三十分はかかった。今となっては、トマトやナス、とりとめもなく植えられていたのが何だったかすら覚えていない。そこには、父自身の言葉どおり、そのてきとうな性格が表れていた。
 
しかし、そこにあるものが、枯れていないかが心配で、毎日、それぞれの葉っぱの色をうかがいながら過ごした。少しでも、葉が黄色くなってくると、水が足りないのか多すぎるのか、何が問題なのか心配になった。
 
暑い夏の最中、日に焼け、汗だくになりながら、ホースを手に思った。
「私は植物の奴隷? なんで、私が、こんな事に時間と手間をかけないといけないの? 他にもっと大切なやるべき事があるでしょう?」
 
東京で、自由に楽しく暮らしていたのに、田舎に戻った自分が哀れに思えた。
 
ある日、パセリのような植物の葉が、どんどんなくなっていく事に気づいた。なんで、こんなに葉がなくなっていくのか? 私は、じっくりと観察してみた。すると、五センチはありそうな青虫が、曲がった茎の裏についていた! それも、一本に数匹。全体でいうと相当な数である。しかし、パセリは無理に食卓にのせる必要もなかった。私は、殺す事もできず、毎日少しずつ大きくなるのを、ただただ観察していた。
 
台風の日、私はなんとなく気になって、カッパを着ると菜園の様子を見に行った。すると、青虫たちは、暴風に目が回りそうに揺られながらも、無数の足で茎にしがみつき、少しずつ進みながら、たくましく食べ続けていた。
なんじゃ、こりゃ〜! 私は、激しい雨に叩かれながら、驚きと笑いがこみ上げてきた。
植物も虫も、なんてたくましいんだ!
 
そこには、今、私が時々いる家が建っている。
家の前の狭い庭には、両親の好きな木が植えられている。
父は商売人のせいか、験を担いで、金持ちであるように“モチノキ”、借金がないように“ボウガシ”、縁起をかついで“マンリョウ”などを植えた。他には、母が目と舌で楽しめるように、梅、みかん、柿なども植えられた。
 
庭に面した日の当たる和室で、木の成長と、四季の変化を見ながら、母は、自分の事は自分でできるまでになった。ありがたい。
 
日当たりが良いせいか、土が良いせいか、十五年たった今、それぞれの木は一階を超えるほど大きくなった。
また、種を植えていないものまで、たくさん勝手に生えてきた。
それぞれの植物に、この庭にきてからの物語がある。そして、性格もある。
 
なかでも、気性が激しいのは、キョウチクトウだ。本来、家に植えるべき木ではない。巨大になるし、何より毒性が強い。その枝で箸を作って食べさせると死ぬらしい! 私は、後日、それを知ってゾッとした。なんで、そんな木を植えたのだろう? しかし、ピンクの花が満開に咲く頃は華やかで、鳥や昆虫たちの楽園でもある。花が咲いているころに、塀からはみ出した枝を切ったりしようものなら、木が機嫌を損ねて、しばらくは花を咲かせなくなる。それを知って、花が散ってから枝を切る。花も葉も日々たくさん落ちるので、その掃除は、もう修行でしかない。
 
また、勝手に生えてきたザクロ(本来、またも家には植えない方がいい木)は、ルビーのように美しく甘い実をたくさんつける。隣家に入らないよう、枝を切るので、半身しか枝を伸ばすことができない。しかし、数年後、庭と駐車場の隙間からその種が芽を出した。放っておいたら、コンクリートを砕きながら成長して、昨年実をつけるまでになった。いとおしくて、どうしても切ってしまう事ができずにいる。
 
外は、親の好きな木が植えられている。
そして、自分の居場所には、観葉植物がある。正直、私が年の半分近くいなかったり、不意に慣れない場所に鉢を移したりするときに枯らしてしまうことがある。しかし、私が家にいる限りは、「あなた方は怪物ですか?」というくらい、植物それぞれが異常に元気に成長する。
 
私は、植物のご機嫌がわかるくらい成長した。
 
そして、よその御宅を訪問したとき、何より植物を見て思う。
このパキラは超ご機嫌だなとか、このポトスはやつれ気味だなとか。そして、その背景を、ついつい想像してしまう。
 
植物を育てると、観察力や想像力を育てる事ができる! そして、忍耐力までも!
田舎に戻らなければ、おそらく、一生気づかなかっただろう。
見えなかったものが見えるようになった事に、感謝している。
 
 
 
 
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2019-04-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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