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アスリートなら無駄な買い物はしない


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:西澤 光(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
明日の朝ごはんは何にしようか、ということくらいまでなら考えてもいいかもしれないが、あさってやその次の日の朝ごはんのことを考えるのはあまり意味がないように思うからやめておいた方がいい。
想像は、その鮮明さがものをいうからだ。
ほとんど現実と区別がつかないくらいリアルに描けてはじめて、未来が「ぼんやり」から「くっきり」になる。ぼんやり先のことを想像するのも悪くはないけれど、もし本当に考えているというならば、そのときはより鮮明に、より詳細まで、が良い。
 
わたしがそのポイントを実感したのは小学4年生のときだ。
ちょうどその頃は、毎日塩素のきつい水の中で計5時間を過ごし、夕方の2時間半だけで8000メートルの距離を泳いでいた。いわゆる競泳選手を本格的に始めた頃だった。毎週末試合があり、団体競技と違って協調性を必要としない競泳においては、同じクラブチームの仲間を含め周りの同年代は皆ライバル、コンマ1秒を競う相手だ。
スタートの飛び込み、折り返しのターン、息継ぎの回数やタッチの強さ。どれを取っても何気なく済ますわけにはいかない。コンマ1秒縮めることだけを考えていると、髪の毛は水の抵抗を減らすためにできるだけ短く切り、ゴールタッチの差で負けないために爪を長くしている子までいた。
そして、試合の日、自分のレース直前、誰もがしていただろうことは「想像すること」だ。
イメトレという言葉があるけれど、私の中では、イメトレという程度のもっと上をいく「想像」が成功の鍵だった。私は、スタート台に上がる前に一度勝つ。頭の中で誰よりも速くゴールをする。つまり、鮮明に、勝った自分を想像していた。
 
スタートの電子音に反応するのは0.5秒以内。飛び込みで入水した角度から水面までドルフィンキックは8回。前半12.5メートルまでは呼吸をしない。壁まで5メートルのラインがプールの底に見えた次の瞬間にはもうクイックターンで壁を蹴っている。
ターンから折り返した浮き上がりの姿勢はもっとも理想の形でレース後半へ。腕がだんだん重くなってくるときも手のひらで水をしっかりキャッチできる。ラストは勢いを保ったままゴールし、電光掲示板に出た自分のタイムを確認すると、一番上に新記録が刻まれている。
こんなにも鮮明に想像できる、と胸は高揚する。
それまでのレースで何度も苦しい練習が報われないことがあった。同じメニューをこなしているクラブチームの仲間に勝てないのはなぜだろうと悩んだり、なかなか身長が伸びないといった些細な劣等感がもどかしかったりする日々だった。
だけど勝負の瞬間を前にしたとき、アスリートなら誰にも負けない。
その想像力は必要不可欠のエネルギーだった。
 
想像は頭の中の妄想にとどまらず、より強く、より鮮明に描けたとき、その数分後に現実として叶えられたことも少なくなかった。そのとき、精神力が、自分自身の想像力が、自分を実力以上のところへ引っ張り上げてくれていたように思う。
 
自分をアスリートと呼ぶにはお腹の脂肪が多すぎる今でも、私に染みついたアスリートスピリッツ(のようなもの)の汎用性には驚かされる。
まず、私は毎朝目覚まし時計を必要としない。
夜寝る前に、明日の朝5時半に起きて朝ごはんを食べて、愛犬を起こして抱き上げた後に、メイクをして、6時半にはいつも通り家を出るというところまでを手短に想像することで、翌朝5時半に起きられるからだ。
そんなばかな、とこの話を信じがたいという人にぜひおすすめしたいのは、買い物をするときにも想像力をはたらかせることだ。
私は、洋服を試着しない。必要のないものや、瞬間的に食べたいなと思ったチョコレートケーキなんかは買わない。コレクター気質はあるけれど、買った次の日に「昨日これに決めたの失敗だったな」と思う買い物はかなり低い確率だ。
なぜなら、商品を前にしたとき、一度買った後の自分を鮮明に想像する。
洋服なら、家に帰って袋から出してタグを切り、その洋服に袖を通した姿を想像する。手持ちのもののうちから何を合わしてどこへ出かけるか、考える。その洋服で会った友達の反応や、写真に写った姿はどうか、というところまで。
チョコレートケーキなら、かわいいケーキ屋さんのショーケースが目に入った瞬間、食べたいなと思ったとしても、同時に鮮明な想像をする。買い物としての金額は安いけれど、このチョコレートケーキを食べたら、昨日走った6キロコースの努力は水の泡、お風呂に入った時になかなか痩せない二の腕をつまんでため息をついている自分がいる。翌朝体重計に乗ったら1キロ増えているだろう、というところくらいまでを想像してみると、自然とレジから足が遠のく。
 
本当になりたい姿。
本当に手に入れたいもの。
ぼんやりとではなく、鮮明に想像すると次の瞬間、自分の気持ちが決まる。
アスリートのレース前さながら、日常生活でも鮮明に描いた想像の景色は私を鼓舞し、自制する。
 
自分の主張を伝える時も、友人との会話も、何気なく済まさないで鮮明な想像を瞬間的にする習慣はとても有効である。
想像の世界に住むもう一人の自分は、案外自分より分別のある優秀な人材である場合が多い。
 
 
 
 
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2019-05-02 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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