ほうじ茶風呂
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:吉田 倭子(ライティング・ゼミ日曜コース)
何があったのだろう? 仕事を終えていつものように駅を降り、家へと向かうと何やら様子が違う。いつもであれば、T 字路の角の本屋は閉店間際で駐車場の車は疎らだし、交差点から家へと向かう道は人気がなくて、その先は人とすれ違ってもシルエット位しかわからない暗い道が続いている。
けれど今日の駐車場は、様子を伺う人の姿と何台もの事業用車両があり、交差点には消防車が止まっていた。何やら物々しい雰囲気だ。普段あまり意識することのない道沿いの川から給水されたホースが薄暗い道へと伸びている。どうやらもっと奥にも何台か消防車が止まっているようだ。
火事はどこだろう。うちじゃないよね。だんだん不安になってくる。道を進むとホースは我が家よりもっと奥へと伸びていた。火事の方向を見てみるけれど、特に燃え盛る炎も煙も見えず、何台かの消防車が見えるくらいだ。既に鎮火したかどうかはわからなかったけれど、これだけの消防車と消防員の人がいていきなり延焼することもないだろうと思い、自分のうちではなかったことにも安心しながら家へと入った。
帰ってすぐお風呂のお湯を溜めながら、晩御飯の用意と洗い物をしていた。鍋が焦げ付いていたのだろうか? いくら洗ってもゆすいだお水が茶色いのだ。ん? これ鍋じゃなくない? そう思って白い器に水を入れるとそれも茶色い。水がおかしい。しばらく流しても水の色は元に戻らず、どうしたものかと考える。
ふと、気が付く。お風呂のお湯!
お風呂場に駆け込むと茶色いお湯が溜まっていた。ちょっと茶色いくらいなら見なかったことにしてお風呂に入ったかもしれないけれど、ただごとではない茶色さだった。
ほうじ茶のような色。それもしっかり煮出したような色だ。なにが入ったらこんな色になるのだろう。
なんで? どうしてこんなことに? どきどきしてくる。
そうだ、お風呂に入れないどうしよう。
とりあえず落ち着こう。そう思って晩御飯を食べることにした。この水は飲まない方が良さそうだ。今日の晩御飯はニチ〇イのえびピラフと作っておいたお味噌汁。良かったほうじ茶色のお水は入っていない。もそもそと食べながら、どうしたものかと考える。こうゆうときに相談するのは不動産屋さん? けれどももうこの時間は閉まっている。イヤイヤ。水漏れとかじゃなくって、水自体の問題だから、水道局じゃなかろうか? うん。水道代は水道局さんに払っている。けど、水道局もこの時間は閉まっている。こうゆうときはどうしたらいいのだろう。そう思いながら水道局のHPを探してみる。
「濁り水がでる」の説明に辿りついた。「水道工事や断水などの影響で、水道管の中を流れている水の速さや向きが変わったときなどに、濁り水が出ることがあります。このようなときは、1分程度(15~20リットル)水を出して様子を見てください。それでもきれいな水にならないときは、水道局に連絡してください。」とあった。
お風呂いっぱい溜めても茶色いから、20リットルどころではないでしょう。そう思い、電話をすることにした。
電話をすると当直の方が出て、名前や住所を言うと「近くで火事がありませんでしたか? 消火線を開けると水圧が変わって濁り水がでることがあります。しばらく水を流すと戻る場合もありますし、そのままの場合もあります。」
なるほど、近くで火事してました。そして、うちは流しても戻らないのパターンですね。結局、担当の方に連絡を取って、水道栓の調整をしてくださることになった。
けれど、すぐには目の前の問題は解決しない。問題は今日のお風呂をどうするかだ。仕方がない。銭湯にいくか。そう思いながら用意をしていると、歯磨きもできないことに気づいた。さらに明日の朝、顔を洗うこともできないことにも気づいて途方に暮れる。
うちは田舎だ。実家の水道水はサ〇トリーやコ〇・コーラがペットボトルに詰めて売っているのと水源は大してかわらず美味しいお水だし、水量も豊かで断水にあったことはない。
一人暮らしをするようになってからも相変わらず田舎暮らしで、美味しく水道の水を使ってきた。当たり前に安全で美味しく、まさに湯水のように使ってきた訳だ。そんな私には、水が使えないというのは衝撃的なことで、いい年をして本当に右往左往するばかりだ。
災害にあったら、こんな感じだろうか。風呂も入れず、歯も磨けない、顔も洗いたくない。
洗い物をしたけどこの皿は使って大丈夫だろうか。洗濯をしても茶色いタオルになるんじゃないか? 考えると水がないと困ることばかりだ。
実は、当たり前の日常ってサーカスの綱渡りのようなものかもしれない。
日々それを享受している私たちには、無事綱を渡り終えたという結果しか伝わっていないだけで、目に見えないところでは綱が揺れて落っこちそうになりながら、多くの方々の努力によって絶妙なバランスで保たれてきたのかも知れない。
水道の水もちょっとした水の向きや流れで濁ることもあるし、災害も地震もいつ起こるとも限らない。今回運が悪かった。のではなく、たまたまこれまで、運よく何もなかっただけではないのか?
これまで、災害がニュースで報道されてもどこか他人事だった。日常は当たり前に流れていくものだと思っていた。けれど、その日常は綱渡りのように実は危うく、災害にたまたま合っていないという幸運と、見えていない裏側で消防局や水道局の人のような生活を守ろうと努める人達の存在になんとか支えられている生活だったのかもしれない。当たり前の日常を当たり前にするために見えないところで活躍をする方々への感謝の思いが沸き上がる。
ほうじ茶色のお風呂で済んだ私はなんて幸運だったのだろう。そう思い、銭湯に向かいながら、私は防災セットを買うことを決意した。
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