食べた焼き鳥10万本! 〜焼き鳥に人生を賭けた愛すべき後輩
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:やまもととおる(ライティング・ゼミ平日コース)
「何をやっても怒られてばかり。しかも、その怒り方は半端なく強烈。普通の人なら、とても耐えられない、と思います。あんな恐い人たちを、私は他で見たことがありません」
その愛すべき後輩は、昔を思い出して、私にしみじみと語ってくれた。
それほど、創業オーナーやナンバー2は彼に厳しかった。烈火の如く、怒られ続けた。
彼が営業として担当して、その後請われて出向したある「焼き鳥チェーン」の経営トップたちである。
創業者にとっては、「自分たちが、全財産を投入して、立ち上げた会社」「創業者自らが、休みも取らずに体を張って全国を駆け巡り、汗と涙、歓びと苦しみを積み重ねて、1店1店手塩にかけて育ててきたチェーン店」なのだ。
だからこそ、取引先の営業担当者に対して、烈火の如く叱り続けることができたのだろう。
しかし、毎日、頭ごなしに怒られ続けられる彼の身になってみると、これはたまったものではない。
「食べた焼き鳥10万本!」
これが、彼が語る、自分自身のキャッチフレーズだ。
決して誇張でも、ハッタリでもない。実際に彼は、そのチェーンを担当して以来、実際に10万本を超える焼き鳥を、そのお得意先の全国のお店で食べてきた。
10万本。焼き鳥の好きな人は、そのくらいは自分も食べたかも、と思われるかも知れない。
でも、これはもの凄い数字だ。
1人で焼き鳥屋さんに行って、1店で10本食べたとする.お腹一杯になる。
ビールやハイボールも飲むだろう。
365日間、毎日、晩ご飯は焼き鳥にして食べ続けたとしても、1年で3,650本にしかならない。
10万本を、3,650本で割り算して、27年間。
昔は、1年間に開店するお店が、新規と店主交代で全国で200店はあったそうだ。それを毎回必ず訪問する。他の日も、必ずどこかのお店には訪問。焼き鳥を食べて、店主に激励の声をかけた。
彼は、そのチェーンを担当した31歳からそれを続けて、現在61歳。ちょうど30年間となる。
正に「焼き鳥に人生を賭けてきた」のだ。
そのチェーンは、現在700店舗ほど。日本最大の店数を誇る焼き鳥チェーンだ。
食材の鶏は、必ず国産。生ビールは、「泡」も「のど越し」も「冷え具合」も常に最高の状態。
小さいお店で、店主の目が行き届くので、サービスはかゆい所に手が届くほどきめ細かい。
それでいて、お客様のお支払単価は、ビックリする程安い。
安いのは、料理とお酒とサービスの品質にはお金をかけるが、本部が極めて少人数で、余計な仕事は一切しないからだ。お客様に喜んでいただく仕事はしても、他のコストはかけない主義なのだ。
彼は、数十年間、創業者の厳しい叱咤に応える仕事を続けた結果、請われて経営陣の一角で招聘されることになった。勤めてきたメーカーを退職して、転籍するかどうかの決断を迫られた。
そして彼は、就職人気も高いそのメーカーに辞表を提出。焼き鳥チェーンに身を置くことにした。
「心」は、ずいぶん前から焼き鳥一筋だった。
しかし、その時点から彼は、「心」だけでなくその「身」も含めて、全身全霊で「焼き鳥」と「そこに足を運んで下さるお客様」のために生きることを決意したんだと思う。
700店の「チェーン個店の店主」と、喜怒哀楽を共にする人生を選択したんだと思う。
その後、彼はついに、厳しかった創業オーナーから指名を受けて、2代目の社長になった。
そうした彼の凄さが現れたのが、2011年3月11日の東日本大震災の瞬間だった。
地震が起こって、地震の被害は東北だけではなく、東日本一円に及んだ。
甚大な津波の被害も、各地を襲った。
そのどの地にも、彼のチェーンのお店はあった。開店時だけではなく、度々訪問している。店主の顔や名前は、全部頭に入っている。ご夫婦で経営されているお店も多い。親戚のようなものだ。
彼は、大阪にある本部で安否の情報を待つことはしなかった。
すぐに現地に飛んで行きたい、と思った。
しかし、東北へ行く新幹線や鉄道は全部ストップして、道路も各地で寸断されている。
そこで彼は、地震直後に、大阪から山形へ飛行機で飛んだ。
そこから懇意のお酒屋さんに頼み込んで仙台まで車で送ってもらい、被害の大きい現地へ入った。
町の灯は消えて、人々は皆、途方にくれていたそうだ。
しかし、彼のチェーンは、地震当日から営業する店舗もあった。食べ物を求めるお客様が、その開いているお店に集まって、中には涙を流しながらやって来られるお客様もおられたとのこと。
「私は、元気に営業している店主たちに会って、無事で良かったと抱き合って喜んだことが、一生忘れられません」と、彼は私に語ってくれた。
余震が収まらない中で、家族を何とか安全な親戚や実家へ避難させた親父さんたちが、ご飯を求めて集まるお店。
でも鶏や野菜とかの食材も、流通網が崩壊してお店には届かない。かろうじてお店にあったお米でおにぎりを握り、お客様に笑顔で炊き出す。そんな店主たちの姿に、また涙した日々だったという。
「これからも、1店でも多くのお店を全国に開店して、お客様に喜んでいただきたい」「各地の店主さんが皆イキイキと経営を続けられ、“お店をやって良かったよ”と笑顔でおっしゃる姿を見続けたい」
焼き鳥に人生を賭けた愛すべき後輩は、キラキラした目を私に向けて、最後にこう語ってくれた。
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