メディアグランプリ

今日も僕はスタジアムにカラオケを歌いに行く


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:かねこだいき(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
テレビにプロ野球の試合が映っている。
 
ピッチャーが投げ、バッターが打つ。
少しの静けさの後、打球が伸びてスタンドに入ると大きな歓声と観客席が画面に映し出された。皆んなで喜んでハイタッチして、応援歌を歌っているシーン。その映し出された画面の大勢の人の中に自分がいた。
 
そう、僕は野球が好きだ。
でも何よりスタジアムで応援歌を歌うのが大好きで、いつも僕にとってスタジアムとは皆んなと一緒にカラオケを楽しむ場になっている。
 
僕が野球を好きになったのは中学生の時に友達が持ってきてくれた野球ゲーム。
 
最初は全く興味がなかったのだが、1回だけとなでめられコントローラーを握らされると釘付けになった。打った時の爽快感、三振を取った時のこの優越感。
まるで本物の野球選手だと錯覚した。
 
それで気をよくして友達と近くの空き地でキャッチボールしに行った。
もしかしたらあの野球ゲームと同じように魔球が投げれるかもしれない。
そして体育の授業でその球を投げ、クラブの顧問に見出され、中学校のクラブに入り活躍して有名校からスカウト。そこから甲子園で活躍してプロへ。
これはその記念すべき第1球だ。
友達にキャッチャー役を頼み、全身全霊を込めて投げた。
 
その夜、右肩全体にぐるぐる巻きにした湿布を親に巻いてもらいながら、テレビに映っているプロ野球の試合を眺めていた。
 
たった1球で肩を痛めてしまった小学生をどこが取るのだろうか。いや、体育の授業でも役に立たない。ただ皆んなが授業で野球をしているのを球拾いしながら参加しているのが自分の役割なのだ。
こうして僕は野球選手になることを諦めた。
 
それでも野球は好きで、試合をテレビで観ては友達と野球談義をしていた。
 
そんなある日、その友達が近所のおじちゃんから貰ってきたプロ野球チケットを持ってきた。二人でその人は神様に違いないと興奮しながら、試合当日まで財布にくちゃくちゃになりながらもお守りのように大切にして、その日を楽しみにしていた。
 
試合当日、僕たちは初めて見るスタジアムに立ち竦んでいた。
こんなの見た事ない。そりゃそうだ。今まで一番でかい建物なんて近所の3階建てのショッピングモールぐらいだったのだから。それでもなんとか我に返り、チケットをもぎってもらいスタジアムの中に入っていったが、スタジアムの中を見てさらに立ち竦んでしまった。そこは今までテレビで映っていた場面がリアルに映し出されていたのだ。
 
しかし、こう何回も立ち竦んでいる場合じゃない。試合開始まで10分を切っている。
興奮して手の中でさらにくちゃくちゃになったチケットを見ると席は外野自由席だった。そこに慌てて向かい僕たちは適当に席が空いている真ん中近くに座ると、ちょうど試合が始まり、二人で興奮しながら試合に入り込んでいった。
 
そして1回の表が終わり、裏の攻撃が始まると突然周りの人が立ち始めた。
立つなんて観にくいなと渋々立つと、突然トランペットの音と太鼓が鳴り響き、周りが歌い始めた。
 
なんじゃこりゃ。
二人で話そうにも声が聞き取れない。
その時に今まで全く気にしてもいなかったテレビから流れていた音がこの場所から流れていたのかと気がついた。
 
しかし、とにかくうるさい。
その場を早く立ち去りたいと思ったが周りに邪魔しては悪いと思い、早くこの回が終わるのをただただ早く終わってくれと待っていた。
 
すると突然隣に居たお兄さんが「声出してみ! カラオケで歌うみたいに!」と周りの音にかき消されながらもバリバリの関西弁で話しかけてきてくれた。
関西弁の強さと知らない人に声をかけられたことにもじもじしていると、歌詞カードを渡して、「今これ歌ってるから見ながら歌ってみ!」とさっきより大きな声で話してきた。
 
さすがにこれは断れないと思い、とにかく僕たちはその場をしのごうと歌ってみたが全然リズムが取れない。二人ともいつも音楽の授業の時に怒られているぐらい超音痴だからだ。
 
それでもその回が終わるとお兄さんが「よく出来てるで! 次も一緒に応援しよな!」と褒めてきてくれたことに気をよくした二人はそこに留まり、次の回、その次の回と歌っていった。中々うまく歌えずにいてもお兄さんは「大丈夫! さっきより歌えているで!」と今すぐ音楽の先生としてスカウトしたいぐらい褒めてくれた。
 
5回位まで進むとやっと慣れてきて少しはまともなってきた時、ちょうど得点が入ると周りの人がハイタッチを始めた。そのことに恥じらいを感じながらも友達とするとお兄さんが一番に僕たちにしてきてくれた。すると周りの人もハイタッチをしてきてくれ、その瞬間、野球を観ることを忘れて、応援に夢中になっていった。
 
試合は負けた。こういう話のお決まりのパターンかもしれないが見事に大差がついたことを今でも覚えている。
それでも、皆んなとハイタッチをして声を出して応援することが何よりも楽しかった。
帰り間際、お兄さんは「またここきたら一緒に歌おうな!」と汗だくになったユニフォームを着替えなら声をかけてきてくれ、お礼を言って僕たちはスタジアムを後にした。
 
それから20年近く経ち、ちょうど僕たちに声をかけてきてくれたお兄さんと同じ年齢ぐらいになった。
僕は今でもあの日のように外野席で声を出して応援して、あの日以降、この場にいたからこそが出会えた人がいっぱいいた。
もしあの時のお兄さんがいたら一緒に応援したい。
なぜなら、スタジアムが僕の人生で一番貴重で楽しいカラオケになることを教えてくれたからだ。
 
 
 
 
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2019-06-28 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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