「ていねいな暮らし」からの脱皮
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:のぐちまりゑ(ライティング・ゼミ平日コース)
「アイロンがけしてる時間って、心が落ち着きますよね」
とある雑誌で目に入ってきた言葉だ。自分もそんなふうに感じられる性格ならよかった。
ていねいにシャツにアイロンをかけて、何回も同じ動作を繰り返して。
そんな一つひとつの行為を「落ち着く時間」にカウントできない自分。
「ていねいな暮らし」は、世界中で大きなジャンルを築き上げている。雑誌やWebメディアで家事をステキにこなす人たちを見るだけでも、とても心地よい気分になれる。「自分にもできるかも!」と思える身近なテーマだからだ。
しかし、できない。どうも自分にはできない。
「床をほうきで掃いて、ぞうきんで拭く。これも清らかな時間です」
わかるわかる。
やったことはあるし、掃き清めることの素晴らしさはごもっともだ。
けれど、毎日心地よくこなせるわけではなかった。掃除機ですらめんどうだというのに、ぞうきんなんて。
じゃあ無理してやらなきゃいいのでは? と思うかもしれないが、やらないと部屋はどんどん荒れていき、心も体もすさんでいってしまう。
そんなふうにくさくさした心を抱えたまま、友人のお宅に泊まりに行ったときのことだった。
「うちバスタオルないから~」
友人はニコニコと小さいタオルを2枚渡してくれた。
ん? バスタオルがない、だと……?
確かに脱衣所を見てもバスタオルは見あたらず、代わりに銭湯で頭の上に乗せておくような細長いタオルが数枚だけ置いてあった。
その時点ですでに衝撃を受けていたのだが、浴室を覗いてさらに驚く。
「え、なんか白い……!」
「あはは、とにかく楽を追求したらこうなった~」
「シャンプー1本とスポンジしかない」
「うん、全身洗える。お風呂掃除にも使えて、食器洗いもできるよ~」
いやいやいや、お風呂掃除の洗剤で髪洗うっておかしいでしょ、と思ったがどうやら成分が良いらしい。そのオールインワンの代物のおかげで、浴室はとてもスッキリしていて、こまごまとした雑貨が一切なかった。とにかく白く、美しい空間だった。
キシキシしそうだと心配していたシャンプーはサラサラの仕上がりで、小さめのタオルで体を拭いてみても特に不便さは感じない。むしろ小さいほうが乾くのも早いので、部屋干しの匂いも発生しない。これならお風呂に入ったついでに掃除をする心の余裕も生まれるなぁと思った。
友人の家は、様々な工夫がされていた。
カーテンは洗うのがめんどうだからなし。代わりに、すだれかロールスクリーンにする。だからリビングがスッキリする。
コードありの掃除機は重いからなし。代わりに、とにかく軽くて小さいコードレス掃除機にする。だからこまめに掃除ができてスッキリする。
話を聞いていると、友人はめんどくさがり屋の気質を自分でよく把握していて、どうすれば楽になるかを考え抜いていた。結果、見た目にもスッキリした空間ができあがっていたのだ。
衝撃のお泊りのあと、我が家にあるモノを眺めてみた。
観察してみてわかったことは、「思い込みで置いているモノが多い」ということ。
お風呂にはこの洗剤、キッチンはこの洗剤、体を拭くには大きなタオル、玄関にはマットを敷く、などなど。どの家庭でもそうではないだろうか。特に疑われることなく当たり前の景色として馴染んでいるモノたち……。
そこを一歩踏みこんで、「これって本当に必要?」と疑うことから始めてみた。
繰り返していくと、自分には合っていないことや不要なモノが浮かび上がってきた。それらをどんどん減らしていく。
友人宅の白い浴室を思い浮かべながら。あんなふうにスッキリさせたいと願いながら。
まずはマネしてバスタオルをなくす。
それから洗剤も1種類にして、補充用のストックも1つに。
玄関マットをなくし、大きなテレビ台をなくし、トイレブラシをなくした。
代わりのモノが必要ならサイズは小さくした。でも代わりすら要らないモノが多かった。その分、何の用途もない余白が生まれたのである。
モノが減るにつれてわかってきたことがある。
実はモノを減らす行為は、こだわりを減らす行為でもあった。
たとえば洗面台。モノを減らして余白をつくるために「洗顔後に化粧水と乳液と美容液をつけなきゃ!」というこだわりをやめた。生まれた物理的な余白はそのまま空けておいて、時間的な余白は他にやりたいと思っていた読書の時間に充てることができた。
もしこれを読んでいるあなたが、私のように「ていねいな暮らし」をしたくてもできないとお悩みなら、余白づくりをあらゆる場所で行うことをオススメする。
ポイントは「これ本当に必要?」という問いを、常に頭に浮かべながら部屋を見回すことだ。
そもそも「ていねい」とは「時間と気持ちをたっぷり注ぐ」ということである。
時間も気力もない、バタバタした毎日を過ごす人が「ていねい」に暮らそうとするとパンクする。モノの量が人の活動に見合っていないからだ。
モノが少なくなれば、掃除をするまでのアクションが減り、思い立ったときにすぐ取りかかれる。大事なものに手をかける時間と気力が増える。
実際にモノが少なくなった今、なんと私はこまめな掃除やお手入れを実践できているのである。
モノを減らしている間「ていねいな暮らし」のことは頭から抜け落ちていた。とにかくモノを減らしたい、余白をつくりたい、という気持ちだけで動いていた。
つまり「ていねいな暮らし」をやめたら、新たな「ていねい」が生まれたのだ。
脱皮すると進化した体が現れるように、同じ「ていねい」でも快適さが進化したのである。
あなたもこの進化した「ていねい」を手に入れられる。もっとも身近な自分の暮らしについて、思い込みが盛大に発生していることに気づこう。馴染みすぎたこだわりを疑ってかかろう。
真の「ていねいな暮らし」はそこから始まる。
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