メディアグランプリ

中年アリス


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ふやまのぶえ (ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「えー、何あれぇ!」「うふふふ」「きゃー」
 
2011年、人生3度目のハーフマラソンを必死に走っていた時だ。自分とほぼ同じペースで走っているおじさまが女子高生を中心に沿道の応援者たちに注目されていた。
 
自分の視界に入ったおじさんのいでたちは「白鳥の湖」だ。白いタイツに白いチュチュをひらひらさせてポーカーフェイスで走っている。幼児が使う「おまる」のような白鳥の首がへそ付近から出ておじさんの胸に頭がくっついている。
 
真面目にランニングウェアに身をつつんで走る大勢のランナーたちの中で目立たないわけがない。
 
普通は走れば冬でも汗をかくのでランナーなら速乾性の高いシャツを着る。ウェアが汗を吸ったままで重くなることもないし、レース途中で強風が吹いたりペースダウンしてしまった後などに汗という水分を含んだシャツが冷えてお腹を壊すこともない。
 
それなのに視界に時々入るおじさん(しかも頭頂部は少し頼りなげだ)は欽ちゃんの仮装大賞にでも出るのか!? というくらい気合いの入ったオデット姫だ。
 
必死でひいこら走っている横でおじさんに声援が集まっていると、何となく嫉妬心と敗北感が芽生えてしまった。知り合いの男性ランナーに仮装好きがいたので話をきいてみると、やはり沿道の応援熱が違うらしい。例えばドラゴンボールの悟空やアンパンマンなどキャラクターが分かりやすい仮装ならそのキャラ名で応援の声がかかるのだ。そうすると自然と走るモチベーションが上がり最後まで集中して飽きずに走れるのだという。
 
仮装して走るきっかけは意外と早くやってきた。知り合いランナーが年末に山手線一周ランをするというお誘いがあった。参加条件はただ一つ、仮装して走ること。途中参加も途中離脱もありだ。たどり着いた駅ごとに駅名が分かるような集合写真を撮って随時ツイッターにアップするという面白い企画だった。
 
それで初めて一度、仮装してみようと思い立ったものの、恥ずかしさの方が先だってしまい、黒髪に黒猫の耳、黒パンツに黒猫のしっぽといういでたちは地味すぎてほとんど気づかれずに終わってしまった。それでも年の瀬を仮装集団として街中を走ると師走の慌ただしさに疲れた顔の人達が自分たちを見つけた途端に笑みがこぼれるのを見るとささやかな幸せを届けたような気持になれた。
 
次のチャレンジは駅伝だった。
普通に走るつもりでいたが記録よりもどちらかというと楽しんで走るファンランの要素が高かったこともある。それに駅伝は目立つことも意外と大事なのだ。
 
何十チームもあるうちでタスキを渡すエリア内ではチームメイトを素早く見つけてスムースにタスキを繫がなければならない。混戦していると走ってくるランナーが被りチームメイトがやってくるのが分かりづらかったり、待っている相手もどこにいるのか見つけにくい時がある。
 
確実に自分がタスキ中継エリアに近づいていること、渡される時はどこにいるのか遠目からでも分かることがとても大事なのだ。
 
そしてなんだか分からないキャラの仮装よりはっきりと何の仮装か分かった方が通りがかりの応援者も声がかけやすいことは経験から分かっている。さっそくAmazonで検索するとたくさんのコスプレ衣装が出てきた。誰でも知っていて声をかけやすくそこそこ走りを邪魔しない服という条件の中から悩んだ末「不思議の国のアリス」を選んだ。
 
自分がそんな少女チックな服を着る年齢でないことはよく分かっている。単純に趣味の世界だ。中身がおばさんでも許してねと心の中でつぶやく。
 
はたして、駅伝はチームメイトに迷うことなくタスキをリレーすることが出来たしそこそこウケたようで照れた。一度味を占めてしまうと麻薬と一緒だ。次への挑戦はフルでも試してみようと思った。
 
2016年、ハロウィンに近い日に開催ということもあったし、ケガからの復帰戦でペースをあまり上げて走りたくなかったので抑止力にもなるかと思ってアリスの仮装でのぞんだ。
 
当日は幸いあまり暑くもなく、少々重めの衣装でも走り切れそうな気温だった。
 
スタートの号砲が鳴る。走り始めると思ったより沿道の応援者も多い。自分が走っていくと
女の子は
「あ! アリスだ、かわいい~!」
男子は
「お! メイドさんが来たぁ~」
そして一部のおばさまからは
「ウェイトレスさん頑張ってぇ」
といろいろ言われながら女子と男子でのウケの違いに笑ってしまう。
 
ハイタッチをしようと並んでいる子供たちのところへ行って順々に手を合わせていくと盛り上がること! 応援をもらうと申し訳ないくらい照れてしまうが自分のテンションも上がるし見ている人の声も一オクターブ上がる。
 
仮装ランが病みつきになるのも納得だ。40才も過ぎればそうそう「可愛い」の連発をもらうことはない。もちろん「衣装」が「可愛い」のは分かっているがそれでも嬉しい。
 
照れや恥ずかしさを越えて自分のリミッターを外して何かを行うのは勇気がいる。だけどそれが意外と人を喜ばせたり元気付けることが出来ることが分かれば恥ずかしさの垣根は低くなる。
 
人の喜ぶ顔が見られるなら変なプライドは捨ててもいいかなと思える。
 
中年アリスの言い訳かもしれない。
それでもまたどこかで感謝の気持ちをこめて誰かを元気づけるために走るかもしれない。
 
夏の通り雨のように一服の清涼剤にでもなればいいと思う。
 
 
 
 
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2019-08-01 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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