こんなにも恨んでいたのに……
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記事:富田洋平(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
<この話はフィクションです>
「お金がない」
困った。また1週間を1000円で乗り切らないといけないのだ。
俺、三枝大は、体が大きくて力仕事だけが取り柄の25歳。
ビッグな男になってほしいと名付けられたその名前は、体だけがビッグな男になった。
今日も引越し屋のアルバイトをしていたのだが、なぜかお金がなかった。
おかしい。なんでお金がないのだろう。
そんな悩みをよそに、財布の中には1000YENとか書かれた紙が一枚入っている。
紙に書かれた男のような髪型にすれば、俺も知的になれるのだろうか。いや、そんなことは到底無理だ。
せめてもう少し頭がよければ、涼しいクーラーの中で事務仕事でもできるのだが、残念なことに算数も国語も大嫌いだ。
結果、俺の仕事は、力仕事の引越し屋のアルバイトだ。
いつまでも引越し屋のアルバイトができるかわからない。
そんな不安がよぎる。
よくよく考えてみると、引越し屋のアルバイトで50歳までやっていける気がしない。
引越し屋のアルバイトは重いものを持たされる。
タンスだったりピアノだったり。
お客さんのものを傷つけることもできないし、張り切りすぎて腰を痛めるわけにもいかない。
体がダメになるとまたお金がかかるのだ。
俺の「お金がない」は生まれたときからだった。
生まれたときにはまっさらで生まれてくるって?
いや、それでも俺は、生まれたときから「お金がない」だった。
おふくろは、俺が生まれる前におやじと別れていた。
俺がおなかにいるときに、おやじは酒とギャンブルにのめりこみ、多額の借金を作ったらしい。
おふくろはおやじと別れようとすると暴力を振られるので、親兄弟の力を借りて、必死に別れた。
すると親父は、借金をおふくろに押し付け、気づいたらいなくなっていたそうだ。
俺を生んだおふくろは、俺のために借金を返しながら仕事をした。
俺が覚えている記憶は、毎日遅くまでおふくろは帰ってこないということだ。
TVもない家で、電気もつけずに一人で夜を過ごした。
両親がいて、楽しそうに過ごしているヤツがうらやましかった。
家で寂しい思いをしながらずっと待っていた。
おふくろが帰ってきて、さびしくてつい泣いてしまったことがある。
するとおふくろは「ごめんね。ひとりぼっちにさせてごめんね」と悲しそうな顔をして言うのだ。
ああ、おふくろを悲しませてしまった。そんな顔なんて見たくない……。
おふくろを泣かせたくなくて、困らせたくなくて、この日、俺はおふくろにわがままを言わないよう、心に強く誓ったんだ。
こんなにさびしいのに、泣くこともできない。
こんなにさびしいのに、楽しそうに過ごしているヤツがいる。
くやしかった。
でも、誰かのせいにしたくなかった。
なぜなら、大好きな母が「人のせいにしちゃだめだよ」と俺に教えてくれたからだ。
「そうだ。お金がないからだ」
家の中の暗闇の中で、ひとり俺は名案を思い付いた。
お金のせいにすればいいのだ。
お金のせいにするならば、お金はひとではない。
お金がないから、こんなに苦しいんだ。
おふくろを泣かせるのも、給食費が足りなくてみじめな思いをするのも、いつも安上がりな古着なのも、みんな。
それから俺は、バイトができる年齢になったらすぐにバイトをすることにした。
友達よりもバイト。
宿題よりもバイト。
少しでもお金を稼いで、おふくろを楽にさせたのだ。
苦しくなってやりきれなくなったら、すべてお金のせいにした。
非行には走らなかった。
よく考えてくれ。タバコも金髪もお金がかかるのだ。
そもそも、非行に走っておふくろを悲しませることなんてできなかった。
だから、せいぜいできることは遠く離れた川まで行って、大声で叫ぶことだけだった。
そうやって生きてきて手元にあるのは1000円。
お金がないと言って、楽しそうにバイトをしているやつがうらやましかった。
好きなものが買えないから、お金がないと言っているのだ。
お前ら、お金があるから生きていられるんじゃないか!
お金がないと言って、旦那の給料で過ごしている主婦という人種がうらやましかった。
お前ら、お金があるから生きていられるんじゃないか!
そんな文句を言って、ふと気づいてしまった。
そうだ、俺もお金があるから生きていられるのだ。
俺は今も生きている。
お前のことをあんなに恨んでいるのに、お前のおかげで生きていられるのだ。
「お金がない」
そっとつぶやいてみた。
ポケットにはお金が1000円入っていた。
「でも、俺、生きている」
またつぶやいてみた。
じわっと生きている実感がわいた。
「俺、お金があるから生きている」
つぶやいてみると、確かにお金を1000円持っているのだ。
ひょっとして、今まで恨んでいたお金は、わざわざ恨まれてくれたのかもしれない。
友達はいない。
彼女なんて作れない。
好きなものを買うなんてもってのほかだ。
それでも、わずかかもしれないけれど、お金だけはずっと俺の近くにいた。
必ず、しわくちゃになりながらポケットの中にお金は入っていた。
いつも恨んでいたのはお金だった。
でも、いつもいてくれたのはお金だった。
「そろそろ、お金を恨むの、やめようかな。少しは好きになってみようかな」
1000円札にかかれた中年のおっさんがそっと笑った。
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