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「半ズボン」が求められる時代へ〜就労支援施設で働くあなたへ〜

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*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:井上 愛(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
 
 
Yくんは、ここで働き始めて今年で10年になる。
 
 

彼は、豆腐、油揚げ、おからドーナツなどを製造販売する就労継続支援B
型「ワークセンターひょうたんカフェ・フード班」の一員である。
 
 
名古屋市内にある特別支援学校を卒業後、彼はずっとひょうたんカフェで働いている。
 
 
彼の仕事は、豆腐の「油揚げ」や「がんもどき」「厚揚げ」を製造することだ。
 
 
そして、彼は10年の間、ひょうたんカフェへ通う日は、ほぼ毎日油揚げを揚げている。
 
 
油揚げを製造することは、根気のいる作業である。
なぜなら、じっくりその場から目を離さずに揚げ生地が膨らんでいくことに神経を集中させて、ここぞというタイミングを見ながらフライ返しでひっくり返さなければならないからだ。
目を離してしまうと、油揚げは上手く膨らまなくて、仕上がりも小さく硬いものになってしまうのだ。
 
 
10年の経験がある、Yくんはそのことを、体で覚えているようだ。
それは、彼の真面目で、繊細な職人的な気質がなせる技であると考えられる。
もはや、彼の油揚げは、1枚1枚が技のなせる工芸品のようで、完成度が高く、どの油揚げも、綺麗に膨らみ、大きさも揃っている。
それは、指導する側の支援員の揚げる油揚げよりも形が整っており、失敗することもほとんどない。
 
 
そんな彼は、繊細が故に、人間関係に悩むことがある。
先日、彼の悩みについて、電話で1時間半くらい話すことがあった。
 
 
彼はしばらくの間、話をすると落ち着いた様子になり、少し気持ちが楽になったようだ。
 
 
すると、続いて、Yくんから見た、他の利用者さんへの印象や気になる事柄について、話し始めたのだ。
 
 
そのうち、同じフード班で、Yくんより2つ歳上のNくんの話しになった。
NくんはYくんと同じ特別支援学校の先輩である。
 
 
Yくんがひょうたんカフェで働き始めた頃には、Nくんはすでにフード部門で働いており、洗い物の一連の流れや、シール貼り、掃除などを任されている。
 
 
そんなNくんがYくんに日頃、何度も言ってくる言葉があるそうだ。
 
 
「Yさん、半ズボン、作って!」と。
 
 
Yくんは、その言葉を少し呆れたように、でも面白がっている様子で私に語った。
 
 
「?!」
 
 
「Yくん、半ズボンって、何??」
 
 
私はなんだか楽しそうなその「半ズボン」がとても気になり質問した。
 
 
するとYくんはこう答えた。
 
 
「油揚げが膨らみすぎて、揚げ生地の皮がはじけたものを、Nくんは勝手にこう呼ぶんです。」
 
 
「えっ?油揚げがはじけると、半ズボンみたいな形になるの?」
 
 
「そうです。」
「Nくんは酷いですよ。僕に失敗しろって言ってるんですよ」
 
 
なるほど。私は納得し、その半ズボンがとても気になり、見てみたくなった。
 
 

「私、半ズボン見たいな」
 
 
そして次の瞬間、私は、半ズボンの持つ意味を考えたのだった。
 
 
失敗をしない、形の揃ったものを美徳とするYくんと
失敗を待ち遠しく応援するNくん。
 
 
確かに、一般のスーパーに並ぶ油揚げは、形が揃い、生地が破れてしまったものなど、並んでいるはずがない。
 
 

なぜなら、それは、量産するために、効率よく機械で揚げた油揚げだからだ。
 
 
しかし、この「半ズボン」の油揚げはどうだろうか?
 
 
ひょうたんカフェの油揚げは、1枚1枚、障害のある方が働く施設にて、Yくんという人の手で揚げられている。
それは手仕事であり、「手揚げ」でなのである。
 
 
そして、Yくんの考えるほぼ満点の出来で仕上げられたものの中に、ごく稀に生まれるのが、半ズボンなのである。
 
 
それは、とても価値のあるものなのではないだろうか?
 
 
Yくんが、大きく、柔らかい油揚げを目指すがあまり、ギリギリまで膨らませすぎて弾けてしまったもの。
つまり、半ズボンは、真摯なものづくりだからこそ生まれる産物なのだ。
 
 
私は、電話の向こうにいるYくんに思わず言った。
 
 
「Nくんは、Yくんにとって、かけがえのない仲間だね。」
 
 
「あ、はい……」
Yくんは、私の一言の意味はよくわからず、どう答えて良いのか迷っている様子だった。
 
 
ワークセンターひょうたんカフェは、就労継続支援B型施設である。
フード班も、クラフト班も、障害のある人の手仕事により商品を作り、販売している。
 
 
就労継続支援B型施設の場合、工賃の額で給付費が段層化され、「工賃アップを!」というニーズに応えることは、施設にとっても今、大きな課題となっている。
 
 
その課題を解決するために、福祉施設も工賃アップを目指して、日本の企業の多くがそうであるように、業績を、追い求め、コスパを上げることだけが優先されなければならないのだろうか?
私は、そうではないと考える。
 
 
私は、Yくんの作る「半ズボン」に価値を見出すような社会にしていきたい。
 
 
それは、コスパを追い求めている今の日本にはない、未来への新しい仕事の姿になるに違いないのだから。

 
 
 
 
 

***

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2019-08-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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