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あとがきの裏切り


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記事:植咲えみ(ライティング・ゼミ夏休み集中コース)
 
 
みなさんはあとがきをきっちり読むタイプだろうか?
 
 

私はあとがきが好きだ。
なぜなら、本の余韻を楽しみたいからだ。
 
 
本は面白かった。
でももう読み終わってしまった。
 
 
面白い本ほど、「面白かった」という気持ちと同時に、「終わってしまった」というどこか残念な気持ちが産まれてくる。
 
 
この本の世界が終わってしまいたくない気持ちを、あとがきがクールダウンしてくれる。
本文以上に目立つわけではないが、ないとさみしくなるのがあとがきである。
その本の裏話や著者との交流を客観的に記したあとがきは、本の余韻をうっすらと残している。
 
 
あとがきは、まるでマラソンを完走した後のウィニングランの途中で試合を見守ってきたスポーツコメンテーターがあれこれ言っているようなものだ。
 
 

もしかしたら、あとがきなんて、あってもなくてもかまわない、そういう風にとらえている人もいるかもしれない。
 
 
今私の手元にはあとがきが異様に分厚い本がある。
 
 
なんとあとがきだけで4分の1くらいある。
4分の1もあるあとがきを見たことがあるだろうか。
4分の1もあったら、もはやあとがきではなくて本文なのではないだろうか。
そんな疑問が頭をよぎる。

 
 
そう、お察しのとおり、これはあとがきを含めて1冊の本として成り立っている。
本文の4分の3では完成しない、あとがきありきの本だ。
 
 
あとがきありき、とまで言ってしまうと著者に申し訳ないが、それは読んでもらえば納得してもらえるだろう。
この本のあとがきを書いた人は、マラソンでいうスポーツコメンテーター的な傍観者ではなく、本人の横を走る伴走者だった、といえば分かりやすいだろうか。
 
 
本人の横をかぎりなく近く走っていたから、あとがきは長く熱量もすさまじい。
そして著者本人も知り得ない情報を伝えるという重要な役割を担っていた。
 
 
ここまで読んで、どんな本なのかだいたい検討がついただろうか。
 
 
この、あとがきが分厚い本の真実をお伝えしよう。
 
 

実は、これは金子哲雄さんが書いた闘病記
 
 
「僕の死に方 エンディングダイアリー500日」
 
 
という本である。
 
 
肺カルチノイドで余命宣告を受けた売れっ子流通ジャーナリスト金子哲雄氏が、41歳に急逝するまでの500日間を記したものだ。
 
 
しかしこの本はただの闘病記ではない。
生前に自分の死んだ後をプロデュースしながら、「死ぬまで働き続けたい」という願いを持って実際に死の間際まで走り続けた人間の、成功体験記なのである。
 
 
闘病記を成功体験記と言わしめるのは、まさに自分の死ぬまでの時間を見事なまでに自分の意思で貫いたという点に尽きる。
 
 
もちろん、それを成功させたのは彼のミッションに協力してくれるたくさんの味方がたくさんいたからである。
 
 
だからあえていわせてもらう、これは金子哲雄氏の成功体験記だと。
 
 
そしてこの本が出版されるということは、彼と家族、その仲間によってミッションを成し遂げることができた記念すべき一冊なのである。
 
 
この本のあとがきは、実際には金子氏と交流のあった何人もの人が書いていて、金子氏と彼を支える妻について、様々な角度から思い出をつづっている構成にはなっている。
 
 
しかし分厚いあとがきの大部分は、妻の金子稚子さんが書いている。
 
 
妻は本人が書くことができない臨終の瞬間、そして死後に起きたその後のことを、夫の意志に沿ったものなのかどうか迷いつつも書き記している。
彼の最期の言葉は、妻稚子さんしか伝えることができない。
妻の稚子さんがいなかったら彼のミッションは成功していなかったし、成功したのかどうかを伝える人がいない。
だから、あとがきで彼の成功を伝えることで、この本は完成するのだ。
 
 
そしてさらに信じられないことに、このあとがきには金子氏本人が再登場するのだ。
「あとがきに著者本人が再登場?」と疑問に思われる方もいるだろう。
 
 
彼はやたら明るい口調で話し出す。
会葬礼状だ。
金子氏は実際に生前作っておいた会葬礼状を通して、再び読者に語りかける。
 
 

あんなにつらかった闘病と、その最期を迎えた話を読んだ後に、突如生前の元気な金子氏があとがきに参加してくるのだから、私は涙が止まらない。
 
 
かつてこんなあとがきが今まであっただろうか。
 
 
私たちは誰でも、いつか死ぬ。
しかし、もしかしたら明日本当に死んでしまうかも、とはだれも本気で考えていない。
 
 
私たちは、生きている間には縁起でもない話を避けがちだ。
しかし縁起でもない話は突然、音をたてずに忍び寄ってくるかもしれない。
そして気が付いたときには私たちの身体の自由を奪うかもしれない。
 
 
自分は果たしてやりたいことをやってきただろうか。
今日を一日、精一杯生きていただろうか。
いざというときに信頼できる医者は見つけられるだろうか。
自分と家族の命の選択について考えたことはあるだろうか。
家族に感謝は毎日伝えているだろうか。
最期に会いたい人は誰だろうか。
 
 
金子氏は自分で治療や命の選択をし、葬式やお墓、死後の関係者へのお礼を含めて生前に完璧な終活を完了させた。
そんな彼が死の直前に果たして何を思い、どんな行動を起こし、どんな言葉を発していたのか。
 
 

終活について考える一冊として、私はこの本をおすすめする。

 
 
金子哲雄「僕の死に方 エンディングダイアリー500日」

 
 
 
 
 
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2019-08-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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