「生米事件」が教えてくれたこと
*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。
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記事:赤木 広紀(ライティング・ゼミ日曜コース)
「貯金がね、あと1万円切ったの。あぁ、もう生きていけないなって思ったのよね。そしたら友達がね……」
今から19年前のこと。
新卒で入った会社を辞めようかどうか、悩みに悩んでいた時期があった。
やりたかった仕事もできたし、やりがいも充実感もあったが、家族の病気がキッカケで以前のようなモチベーションが保てなくなった。一言で言うと、「燃え尽きた」のだ。
やりがいも充実感もあったからこそ、モチベーションがわかなくなったときは苦しかった。
頑張ろうと思っても、身体が動かない。ガソリンをほんの少ししか入れずに走る車と同じ。すぐにガス欠になる。
「おかしい、以前はこんなのじゃ無かったのに」「なんでやる気がでないんだ……」
動けない自分を責める。自己嫌悪に陥る。ますます元気が無くなる。動けなくなる。そんな自分を責める……
悪循環とはこういうことだろう。そのループにはまって抜け出せなくなった。
仕事が嫌いだったほうがまだよかった。
やる気がでないのを仕事のせいにできるから。
誰が悪いわけでもない。だから、ただただ苦しい。
こんなに苦しいなら、もう仕事は続けられない。
だが、辞めたところでどうなる? ほかにやりたいことがあるのか? あれだけ情熱を傾けられる仕事が他にあるのか? 辞めてどこにいく?
その声が聞こえると、「そうだよなー、どうしようもないよなー」と無力感にとらわれる。
今、振り返っても、胸がキュッと痛む。
客観的に見ても、かなり絶望的な状態に陥っていたと思う。
あの頃は、将来に対する不安や恐れ、心配で一杯だった。
「会社を辞めて、食べていけるのか? いや、絶対に無理だ」
「このまま野垂れ死にするのではないか?」
ちょっと極端だと思うかもしれないが、当時は、本当にそれ以外の選択肢がないと思いこんでいたのだ。
そんな出口の見えないトンネルの中でさまよっていた僕を救ってくれたのが、あるセミナーで知り合った女性の一言だった。
元々、公務員をしていたがセラピストとして独立して、サロンを開いているという彼女の自宅に遊びに行ったときのこと。安定した公務員という仕事を手放してセラピストで独立するというのは、どんな気持ちだったのか? お客さんはすぐにできたのか?
サラリーマンだった僕からすると、彼女の話は、自分とは全く違う別世界の話だった。
聴くと、辞めてすぐは知り合いがお客さんになってくれたりしたが、そのあと、お客が増えず、貯金もどんどん減っていったとのこと。
一番しんどかったときはいつ? と聞いたら、
「貯金がね、あと1万円切ったの。あぁ、もう生きていけないなって思ったのよね。そしたら友達がね……」
友達がどうしたの?
「お米をもって遊びに来てくれたんだよね。おにぎりじゃないよ。お米。生米を10㎏。ああ、これで生きていけるって思ったの」と笑いながら話してくれた。
今思っても、彼女にはとってもとっても失礼だが、「オレ、そこまで人生落ちぶれへんわ」とすごい上から目線になった。同時に、妙な安心感に包まれた。その感覚は、今でも鮮明に覚えている。
「オレ、そこまで人生落ちぶれへんわ」
そう思えたとき、
「あぁ、会社、辞めても大丈夫なんだ」という許可を自分自身に出すことが初めてできた。
恐怖という真っ黒な分厚い雲に覆われた空に、かすかな希望という光が差した瞬間だった。
その翌月、会社に辞表を出した。
次に何をするかは決めていなかった。
ただ少し休んで充電して、それから次の人生を考えようと思った。
僕の中で、あの話は「生米事件」と命名された。
あとで、あの「生米事件」がキッカケで、会社を辞める決心がついたと彼女に伝えたら、ケラケラと笑ってくれたのでちょっとホッとした。
僕は彼女の明るさに救われた。
彼女は別に僕を救おうと思って話をしてくれたわけではなかっただろう。
でも、彼女は自らの体験を語ることを通して「大丈夫、人生って何とかなるよ」ということを僕に教えてくれたのだ。
あれから19年になる。独立してからのほうが勤めていたときよりも3倍以上長くなった。
19年の年月には当たり前だが、良い時期もあれば苦しい時期もあった。
もうやめてしまいたいと思う時期も何度もあった。
そんなとき、あのときの「生米事件」を思い出すと、「オレ、そこまで人生落ちぶれへんわ」という妙な安心感が湧いてきて、クスっと笑う。
そうすると、どこからかまた力が湧いてくる。
今も「しんどいなぁ」と思うことは無くならないし、これからもきっと無くなることはないだろう。
ただ昔と違うのは、それでも何とかやってきた自分と、何とかやっていくだろう自分への信頼が増したことだろう。「今も色々あるし、これからも色々あるだろうけど、でも、きっと大丈夫」という信頼が。
「人生って何とかなるものよ」
彼女が身をもって教えてくれた「人生と自分自身を信頼する」というバトンを、僕は誰に渡せるだろうか。
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