メディアグランプリ

避難所と闘牛の赤


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:長谷川高士(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
「そんなこと、ひと言も言ってないじゃないか!」
 
一度くらいはこの台詞を言ったこと、あるいは言われたことがあるだろうか。
勘違いを、した方が悪いのか、させた方が悪いのか。
白黒を付けるというよりも、この「勘違い」や「思い込み」をどれほど簡単に私たち人間がするものかを、教えてくれる一つの例がある。
 
闘牛の牛は、マントの赤色に興奮しているのではない。
「えー!!」
私は、この話を聴いたときの驚きを今でも鮮明にそして強烈に覚えている。
そもそも牛の視界はモノクロに近く、色を見分けることができないのだそうだ。
牛にはマントが黒っぽく見えている。
 
では牛は何に反応しているのか。
それは、闘牛士がひらひらと揺らすマントの動きだ。
猫が猫じゃらしにワシャワシャと反応するように、牛は目の前で揺れ動くものに危機感を感じる。そしてその動くものを攻撃する。
 
大きな角を尖らせた猛牛の迫力ある突進と、颯爽たる身のこなしでかわす闘牛士。
一進一退の勝負の緊張感が、メラメラと揺れ動く深紅のマントによって大きく増幅する。
赤色に興奮しているのは闘牛士であり、実はそれを楽しむ観衆だった。
テレビ越しにもその興奮を感じた私は、牛も同じく「赤色」に反応しているものだと自然に結び付けていた。
 
「そんなこと、ひと言も言ってない」
そう闘牛関係者は言うだろう。
おっしゃる通りだ。言われてみれば、そんなこと一度も聴いてない。私の勝手な思い込みだ。
この、私を含む多くの人がしているだろう思い込みは、損することも失うものもない。
だがしかし、思い込みの中には、決して見過ごすことができないものもある。
 
「避難勧告や避難指示が出たら、どうしますか?」
防災を啓発する立場の私は、講演会などで参加者にこう問いかける。
「何もしません」という人を除いて、八割以上の人が「学校などの避難所へ行きます」と答える。
私は「七十点です」と伝える。
「えっ?!」
答えた本人はもちろん、まわりで聴いていた人たちが目を見開いて一様に驚く。
 
「それは一つの選択肢です」
私は続ける。
「避難指示が出るのはもっとも危険が高まった時、切羽詰まった時です。もし豪雨災害だったとして、その時まだ家にいたら、家から避難所へ歩いて向かう方が、むしろ危険なことがある。実際、過去の災害では避難所に向かう途中で命を落とした人がいます」
 
参加者の目がより一層大きく開く。
「身の安全を守る、つまり生き抜くための最善の行動をせよ。これが避難勧告であり、避難指示です。何が最善なのかを誰かが教えてくれるのではありません。自分と大切な人の命を守るために、自分で考えるのです」
参加者たちは驚きながら頷いている。
 
「では命の危険がすぎた後、どこで生活したいですか? 体育館ですか?」
私は続けて質問する。
「家が……いいです」
「避難行動と避難生活は別ものです。身の安全を守る行動、つまり避難行動は必ずとってください。そして難を逃れたあと、その後の生活はできれば家でしたいでしょ。だからこそ、逆に言えば、家で生活ができるように、水や食料など生きるために必要なものを自分で備えて欲しいのです」
 
「災害が起きたら、避難所へ行かなければならない」
防災についての知識や学びが浅かった頃の私こそが、こう強く思い込んでいた。
そして多くの、本当に多くの人が、今もそう思っている。
でも実は、誰も「そんなこと、ひと言も言ってない」のだ。
 
この思い込みはなぜ起きるのだろう。
原因の一つにテレビがあるかもしれない。
災害が起きる度に伝えられる避難所の様子。そこへ集まるたくさんの人々。
「避難=学校などの避難所」は「闘牛のマント=赤」と同じくらい強く結びついている。
 
緑や黄色のマントを使ってくれる闘牛士がいれば、牛が興奮している理由と赤色の結び付きは弱まるだろう。
避難場所へ行くこと以外にも避難行動はある、大多数の人は避難所ではなく自宅で避難生活を送っているという事実が、テレビで報道されればいい。
 
でもそれは難しい。
避難行動をしている瞬間に立ち会って撮影することは現実的ではないし、個人の自宅での避難生活はプライバシーによりはばかられる。報道したくてもできない理由がある。
緑や黄色のマントにお目にかかることは困難なのだ。
 
難しいからと言って、あきらめる訳にはいかない。
とんでもない数の人の、命に関わる。
私は、あきらめが悪い。
 
多くの国民のこの思い込みに、実は国も気づいているようだ。
対策として法律を改正し「緊急避難場所」と「避難所」という言葉をつくって分けた。
しかし残念なことに、この二つを区別して理解するのは容易ではないだろう。
 
国が言いたいことはこうだ。
「身の安全を守れる候補の場所(緊急避難場所)」と「家を失った人が再起に向けて暮らす場所(避難所)」がある。
命の危険が高まった時は、直ちに身の安全を守ろう。その候補となる場所がある。
身の安全が守れた後は、みんなで助け合って再起に向かって生き抜こう。家を失った人が当面暮らす場所がある、と国は言っている。
 
命の危険が「津波」であれば、身の安全を守れるのは「高い場所」だ。高層ビルや津波避難タワー、あるいは「命山」と呼ばれる人工高台などがある。これらを自治体が指定すれば「指定緊急避難場所」となる。命に危険をもたらすものが変われば、避難場所も変わる。災害の種類によって緊急避難場所の指定は変わることもある。
たとえ指定されても、あくまでそれは「候補」の一つである。自治体が指定する以上、身の安全が守れる可能性が高い候補ではあるが、絶対的な保証はない。
 
避難所は生活する場所だ。家を失った人が生活する場所として想定している。想定以上の人が避難所に集まれば、家を失った人たちは、いよいよ行き場を失いかねない。
 
思い込みの結び付きをほどいて、緑や黄色のマントがあることに気づく機会を提供するのが私の使命の一つだ。わが使命に、今日もメラメラと燃えている。
 
 
 
 
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2019-09-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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